神になりたくない〈中編〉
小説「界境の守護者シリーズ」5作目
前編はこちら
俺は神を憎んでいる。
父を殺した大雨は四日間も続いて、父以外にもたくさんの人が死んだ。
大雨がやんだあとも、食べる物に困って飢え死にする人は少なくなかった。
罪を犯していない人が天災で死ぬ。
それは、罪人だけを罰することができない神の無能さゆえだ。
一部の人の罪を、すべての人が償わなければない世界。
そんな世界にしたのは、神だ。
さらに、俺の大切な妹を神にして連れて行こうとまでする。
こんな世界は間違っている。
狩りをし、獣の命を奪いながら、俺はそんなことを考えていた。
俺も罪人なのだろうか。
生きていくだけで、罪なのだろうか。
不意に。まったくの不意に。
世界はここだけではないのだと、俺は知った。
そして、猛烈な眠気に襲われ、「行かなければ」と強く感じた。
どこへ行くべきなのか、どうやって行けばいいのか、本能で知っていた。
眠気に抗いながらたどり着いた先で迎え入れられ、俺は眠りに落ちた。
長い長い眠りから目覚めると、俺はまず家族を思い出した。
母は妹は、元気に暮らしているだろうか。あの、間違った世界で。
いてもたってもいられなくなり、俺は静止を振り切って家に帰った。
人の気配のない家に立ちつくしていると、近所の人に見つかり、声をかけられた。どこへ行っていたのか、何をしていたのか、かけられた質問には答えず、俺は乱暴に問いただした。
母の死を知り、妹の今の居場所を知った。
俺はエナが住み込みで働いている家に向かい、エナを探した。
そして、家主に押し倒されたエナを見つけたのだ。俺は怒りのままに家主をエナから引きはがし、壁に投げつけた。
逃げよう。
エナを抱きしめて、俺は決めた。
別の世界へ行こう。そこで、エナと二人で生きていこう。
それがルール違反だとわかっていても、世界の境を越えることができる力を、大事なエナを守るために使うことをためらう理由はない。
最初に着いた世界では一か月しかいられなかった。
次の世界では、集落の中で暮らすことにした。人のいない所で暮らすより見つからないのではないかと考えた。
エナと離れて過ごす時間は不安でたまらなかった。エナがつかまり、あの世界へ連れて行かれるのではないかと。
不安が現実になる前に、俺はエナを連れて逃げることができた。
同類が近くにいると感知できるのは、俺にとって非常に便利な能力だ。
「急にいなくなって、神子(みこ)に、みんなに心配かけちゃうね」
エナがさみしそうに言うから、俺はエナを抱きしめた。
「私は平気だよ。兄さん、ありがとう、大好きだよ」
「エナはとてもいい子だ。兄さんがエナを幸せにするよ、必ず」
人のいない場所にいても、人里にまぎれていても、ヤツらは俺たちを見つける。
見つけられるたびに、俺はエナを連れて逃げる。
今いるのがいくつめの世界なのか、数えるのはやめた。
今度の世界は、高い建物がたくさん並び、人々はその隙間を忙しなく動いている。
カネがあればなんでもできる世界のようだ。能力を駆使してカネを作り、高い建物の高い所にある広い部屋を手に入れた。エナに似合う服もたくさん用意した。
くすんで見えるけれども空は広く、窓の外を眺めるエナの表情は明るい。
「エナ、気に入ったかい?」
「キレイなお家ね!」
笑顔のエナの頭をなでた。
「もう! 子どもじゃないよ!」
エナは唇をとがらせた。その表情を見て、俺は笑ってしまった。
「エナはまだまだ子どもだよ」
エナは微笑んだ。その表情は複雑な何かを含んでいて、エナが大人びて見えて、俺の胸はざわついた。
迎えはここまでは来られないはずだ。だから、エナが子どもではなくなっても二人で生きていける。
「それじゃ、食べ物を買ってくるよ。他にも欲しいものはないか?」
「ないよ。キレイな服はたくさんあるもの」
「わかった。すぐ帰るから、おとなしく待ってろよ」
言って部屋を出て、俺は玄関扉を開けた。
そのとき。
「見つけた」
女の声が室内から聴こえた。エナがいる室内から、だ。
あわてて振り返ると、目の前に若い男が立っていた。不機嫌そうな表情で、俺を見上げている。
「……ヒイロ、か?」
この圧倒的な力の持ち主の名前を、俺は知っている。
同類だからこそ感じられる、強すぎる力。
背後で閉じた扉の音がまるで希望への扉が閉ざされた音のようだった。
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