No.8 ゆか
トゥクトゥクの賑やかなエンジン音が静かになり、庭にはまた穏やかな空気が戻る。ツアーに行っていた日本人女性が戻ってきたようだ。私は、彼女と挨拶を交わしテラスで遺跡の美しさと神秘について語り合う。トゥクトゥク運転手のカメさんは、彼女の話に合わせて頷き、自分のアユタヤツアーの魅力をアピールする。
私は、PSゲストハウスでラオスの疲れを癒していた。彼女は、まっすぐ私を見て言った。
「まだ、自己紹介をしてなかったね。私、ゆかです。」
その時、ロードレーサー用自転車を押して入ってくる人物がいた。長い旅をしてきたようで、後輪の両サイドには土汚れた荷物がぶら下がっている。彼は日本人のようだが、先生とタイ語で話していた。彼の名は、龍太郎。オーストラリアからインドネシアとマレーシアを走り、ここにたどり着いた。
先生が、嬉しそうに叫ぶ。
「ジャパニーズナイトクルージングをしよう!」
中洲の川を船でライトアップされた遺跡を見て回り、最後はアユタヤ名物ナイトマーケットで夕食をしようというのだ。これは、面白い。初対面だったが、私たちは顔を見合わせて喜んだ。
歴史を感じさせる遺跡から、ほんの一歩離れた場所にある、このゲストハウスはプール2個分はあろう庭があり、マンゴーやバナナなどの熱帯植物が家を囲む。それらが、壁になり静寂を作りだす。そして美味しい果実を食べにきた色とりどりの鳥たちが南国の歌をさえずる。私たちは、その天国のような空間でナイトクルージングまでの時間、お互いのことを語り合った。
ゆかは、海でライフセーバーの仕事をしていたが、辞めて次の就職までスリランカとタイを旅行してきたという。
「スリランカの海は本当に綺麗だった。人も優しく遺跡も素晴らしかった。」
小麦色の肌にタトゥーが肩を飾り、ハスキーな声は人を惹きつける魅力があった。綺麗に染められた茶色の髪は、後ろでしっかりと結ばれ薄い唇からは、意志の強さがうかがえる。私よりもひとつ年下だった。
龍太郎も安定した大手電機メーカーの仕事を捨て、日常の枠を超えた冒険を求めてオーストラリアの広大な砂漠を自転車で横断する命懸けの挑戦を選んだ。
「何日も人の住んでない砂漠を走るのは、命懸けだった。水も計算して飲まないと途中でなくなったらお陀仏だよ。」
とぼけた馬面からは、何百キロにも及ぶ無人の荒野を走破するという、途方もない勇気と計画性があるようには見えない。そして、タイでダイビングコーチをしている時にタイ人の彼女ができ、タイ語を勉強したらしい。彼もゆかと同じ25歳だった。
それぞれの背景を持つ若者が、この古都で結ばれ、新たな旅の一ページを飾る。