No.4 古都の息吹
仕事を忘れ、世界が広がる開放感に包まれる。陽は高く、暑さは空港を降り立った時とは比べ物にならない。
昨夜は、空港からホテルに直行した後、ビールを飲んで寝てしまった。
私は、旅人の聖地「カオサンロード」を散策した。この約300mの通りは、レストラン、お土産物屋、服屋、コンビニなどが軒を連ね、道路には車がやっと通れるくらいの道を空けて屋台が、ひしめき合う。
屋台は、さまざまでタトゥーやドレットヘアを施してくれる店まであった。芋虫やサソリを揚げた店もある。覗き込んでいると、店主のおばちゃんが並んだ金歯を見せて、芋虫を私に一つ手渡す。味見をして見ろというのだ。
芋虫を口に放り込んだ。揚げているのでサクッと割れてピーナッツのような香りがした。
「美味しいね」とおばちゃんに言うと、ちょっと拍子抜けしたように頷いた。
そして、そこかしこに人ひとりがやっと通れるくらいの路地がある。そこにも商店やゲストハウス、マッサージ屋が点在しているようだ。異世界へ足を踏み入れるように、入って行く。
ビールを片手に探索していると、狭い入り口の小さな古本屋を見つけた。薄暗い中を覗くと若い女が落花生を食べている。狭い部屋の本棚には、タイ語、英語、アラビア語と日本語も少し。こんな異国の裏路地で椎名誠に出会うとは・・。変色した表紙を見ると、幾人もの旅人の手を渡ってきたのだろう。なんとも不思議な瞬間だった。目的のない旅だ。小説の世界に浸るのも悪くないな。
この日は、有名な寺院ワットポーやワットプラケオを訪れ、トゥクトゥクやチャオプラヤー川の船を利用して観光地を巡った。トゥクトゥクは毎回値段交渉は必要だが便利な移動手段だ。
タイの公共交通は安い。タクシー初乗り35B(105円)、市内バスは2B(6円)でトゥクトゥクは最初の値段交渉次第でタクシーより高くなることもある。
しかし、バンコクは想像以上に大都会だった。高層ビルが立ち並び、昼間は渋滞が凄まじい。交通網が未発達で街中を通るのは高架電車がワンライン。地下鉄はない。バスがそこら中を走ってはいるが、バスも渋滞の仲間入りだ。
どこへ行っても人、車、響き渡る音楽の波に揉まれる。暑すぎる熱気にも包まれて、思った。「タイの田舎で過ごしたいな」と。私は、先日見つけた古本屋に再び足を運ぶ。
女が、前と同じ姿勢で座っていた。ここに住んでるのか。本棚からガイドブックを手に取り女に渡す。だるそうに、椅子に足を上げながら私からのお金を受け取る。一冊50B(150円)。表紙は折れ曲がっているが、破れている所もなく問題はない。青色の紙幣を渡し路地に出た。
カオサンは、夜と昼では、別世界だ。暗くなると、露天の明かりがちらつき、漂う怪しい匂いで頭が虚になっていく。
宿泊しているレストランの片隅で、それらを眺めながらビールを傾ける。ビアシン、ビアチャン、ビアレオ。タイのビールは個性的だ。高価だがキレのあるビアシン、少しクセのあるビアチャン。そして私の愛する、日本のビールにも似たビアレオ。油っぽい焼き飯を頬張り私は呟く。「最高だ」と。
バンコクのページをめくり、目に飛び込んできたのは、チェンマイ。山々に囲まれた遥か昔の首都。プーケットやパタヤのビーチも捨てがたい。しかし、今の私はそこには行かない。心惹かれたのは、古都アユタヤ。川に囲まれた中洲の街。世界遺産に指定されたその地で、私は新たな発見をするだろう。アンコールワットの息吹を感じながら。アユタヤ名産の手長エビを味わい、歴史の深さに触れるのだ。
そう決めた私は、ガイドブックを閉じる。カオサンの夜は、始まったばかり。私の旅もこれからだ。