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ヴァンクリーフ&アーペル:時、自然、愛(Van Cleef & Arpels: Time, Nature, Love):イタリア初上陸の特別展、ミラノのレアーレ宮に集まったジュエリーたち


2019年11月30日から2020年2月23日まで、イタリア・ミラノのレアーレ宮(Palazzo Reale)にて特別展「ヴァンクリーフ&アーペル:時、自然、愛」(The Van Cleef & Arpels: Time, Nature, Love)が 開催されている。

1896年に設立された老舗ジュエリーブランドのヴァンクリーフが、イタリアで展示を行うのは今回が初めて。

今回のミラノでの展示では、時(Time)、自然(Nature)、愛(Love)という大きな3つのテーマに分かれ、さらに14の部屋に分類された400点以上の貴重なジュエリーが公開される。 

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この展示をキュレーションしたのはミラノ工科大学のデザイン学部ファッションデザイン学科学長であるアルバ・カッペリエーリ(Alba Cappellieri )。


カッペリエーリは、イタリアの小説家イタロ・カルヴィーノ(Italo Calvino;1923-1985)の遺作となった『カルヴィーノの文学講義:新たな千年紀のための六つのメモ 』(Lezioni americane−Sei proposte per il prossimo millennio;1988)に着想を得て、テーマを決めたという。


会場に向かう途中の階段より。

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昼過ぎの時間帯に訪れたため、明るい陽が差し込み天井画が綺麗に見えた。

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これだけの数のジュエリーが、しかも入場料無料で公開されるということで、日曜の昼過ぎには会場の外に少し行列ができていたほどであった。

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メインビジュアルの首飾りは黒の背景にとても映える。

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次の章からは、大きな三つのテーマごとに、それぞれの部屋に展示されていたものを一部紹介していく。

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なお筆者はiPhone SEのカメラでジュエリーを撮影したのだが、ジュエリーのきらめきが思ったより強くて、カメラに収めると光が飛んでしまうものが幾つかあった。

これは肉眼で見るに収めておくべき、ということなのかなとカメラを収めたのであった。

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(会場案内図)

2. 時間(Time)

2-1. パリ(Paris)

まず時間(Time)のテーマから。

20世紀初頭、パリ(Paris)は、ただ慌ただしい街であるだけではなく、芸術と美の中心地であった。

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(Cyclist clip, 1942)(Umbrella clio, 1997)


ヴァンクリーフが生まれたのは、まさにこの地であり、特に20世紀初頭には、アール・ヌーヴォー(Art Nouveau)、アール・デコ(Art Deco)、キュビズム(Cubism)、シューレアリズム(Surrealism)といった芸術・思想運動が巻き起こっていた。

また当時一流の画家や作家などの芸術家たちがこの街に集まり、素晴らしい作品を生み出し続けた。


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(Drawing featuring a box with a Paris scene, circa 1940)


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(Arc de Triomphe powder case, 1945)(Tuileries garden powder case, circa 1946)


この部屋ではそんなパリゆかりのジュエリーたちが並んでいた。



2-2. 異国趣味(Exoticism)

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異国趣味(Exoticism)とは、「外の」を意味するギリシア語の”éxo"に由来する接頭語がついているように、外国のものに対する憧れや嗜好を意味する言葉である。

その中には、外国における伝統や生活、食べ物、衣服、習慣、そして芸術も含まれる。


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(Indian inspired necklace, 1971)

特にアール・ヌーヴォーが興隆した時期(19世紀末から20世紀初頭)、異国趣味は、芸術を生み出す上での美学に大きく影響した。

ヴァンクリーフ&アーペルの創業者兄弟であるアルフレッドとシャルルが旅行したエジプト、レバノン、中国、タイ、カンポジア、日本、インドなどは、彼らの作品作りにインスピレーションを与えた異国の地であった。

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(Persian inspired cigarette case, 1927)

ピンク色のライトに照らされたこの部屋のショーケースには、異国の文化から着想を得た作品が並べられる。

中には大胆な色使いの石もあり、まさに異国の博物館にいるかのような気分になった。


2-3. 軽さ(Lightness)

ここから5つの部屋は、先に言及したイタロ・カルヴィーノの『アメリカ講義――新たな千年紀のための六つのメモ』に由来するテーマとなっている。

まず一つ目は、「軽さ」(Lightness)。

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イタロ・カルビーノは、本作の中で次のように述べている:

「私にとって軽さとは、曖昧さと偶然性ではなく、正確さと決意を伴うものである。」


このカルヴィーノによれば、「軽さ」とは新しい千年紀に進むための根本時な価値であった。

この作品を1980年代に執筆していた時点で、カルヴィーノが作中で思い描いていたのは、紀元3000年という途方も無い未来であったが、この考えは、1896年に創業されたヴァンクリーフ&アーペルが19世紀から20世紀に移り変わる時に経験したものと通ずるものでもあった。


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(Belle de jour necklace, 2003)

またヴァンクリーフがブランドとして成長していった20世紀初頭とは、まさにアール・デコの時代がパリ中を席巻していた時期であった。

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フランスのジュエリーデザイナーであるルネ・シム・ラカーズ(René Sim Lacaze;1901 – 2000)もアール・デコの立役者の一人であり、1920年代から1939年にかけて、ヴァンクリーフとも手を組み、数々の傑作を生み出していった。




2-4. 速さ(Quickness)

2つ目のカルビーノのテーマは、速さ(Quickness)。

カルビーノは、速さは、長引く時間と切り離せないものだと考えていた。

実行力や簡潔さといったものは、長期的な考察や修行を経て身につくものである。

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(Orologio, 1961-2003)

この部屋には、20世紀初頭から始まる「モータリゼーションの世紀」を象徴するような作品が展示されている。

もっとも、世界でモータリゼーションが始まる前から、科学や工業の発展により、人々の生活はますます速く、せわしないものへなっていった。

携帯電話の普及以来、液晶画面で時間を確認するため、腕時計を使う人が減るかのように思われたが、それでも大人は人生の節目にいい時計を求める傾向にあるように思われる。

時代が変わっても、時計は、人生という長い時間を刻んでいるのである。


2-5. 視覚性(Visibility)

「ファンタジーとは、雨の降るところにある」とカルヴィーノは言った。

視覚性(Visibility)とは、ファンタジーであると同時に、想像という特質でもある。


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(Clips, 1941-2016)

ヴァンクリーフは、ユニコーンや妖精、魔法の城など、想像上のものがモチーフとなった作品も生み出していた。


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(コウノトリのジュエリーのアップ)


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『ネックレス』(Collaret, 1939)

特に特徴的な羽やシルエットを持つ妖精は、ヴァンクリーフによって繰り返し使われ続けるアイコンとなった。


2-6. 正確さ(Exactitude)


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カルヴィーノは、矛盾に対置するものとして、正確さ(Exactitude)を定義した。

ヴァンクリーフにとって、正確さは、職人たちの革新的な能力を表すものでもあった。

ミステリー・セット(Mystery Set)とは、1933年に特許を獲得したヴァンクリーフの独自の技術であり、宝石を支える爪が表面から見えないようにセットするというものである。

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(Jewelers' notebooks)

精密さを要求されるこの作業を完璧に行うには、途方も無い時間が必要とされている。


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(Peony clip, 1937)

一つ一つの宝石がこの技法によってはめ込まれており、職人たちの技をここに見ることができる。


2-7. 多様性(Multiplicity)

カルヴィーノのテーマの最後となるものは、多様性(Multiplicity)。

カルヴィーノは、多様性を「知識への一番の近道」と定義した。

同じことがジュエリーについても言えるのであり、色と素材のミックスにより、探究心など様々な感情が生まれる。

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(Wild rose Minaudière with a clasp removable into a clip, 1938)

こちらのミニチュアは、機能性と美しさ、両方を兼ね備えた作品である。

リップスティック、鏡、くし、タバコなど、エレガントな女性の毎日に欠かせないものたちが一つの小箱に揃っている。


2-8. 踊り(Dance)

踊り(dance)は、ヴァンクリーフのスピリットやその創造性の優美さ、完璧を求める心を体現するものである。

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(Swan lake powder case, 1946)(Raymonda powder case, 1945)

1941年以来、作り続けられているバレリーナは、どれもしなやかポーズを取っており、愛らしいと同時に極めて優雅である。

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妖精のモチーフと同様に、バレリーナたちは、ヴァンクリーフの世界を体現しているのである。

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(Dancer clip, 1944, 1993, 1947)

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2-9. モード(Couture)

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こちらはメインビジュアルとなっている首飾り。

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(Zip necklace transformable into a bracelet, 1951)


ファスナーは、ヴァンクリーフにおけるファッションとジュエリーの交差点のようなアイコンである。

本物のファスナーと同じように開け閉めすることで、輪の部分の大きさの調整ができ、ネックレスからブレッスレットへと変化自在に操ることができるのである。

1950年に最初のファスナーの作品を生み出してから、ヴァンクリーフは、様々なバージョンの作品を作ってきた。



2-10. 建築(Architecture)

建築は、大きな建物から家まで都市を形作るものである。

建築は、それゆえにファッション、写真、映画、文学、そしてジュエリーといった全ての芸術に影響を与えるのである。

1930年代、ジュエリーはしばしば、アール・デコの幾何学的なスタイルを踏襲していた。

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(2019)

残念ながら写真には収めていないが、この部屋では、1930年代にアール・デコの影響を受けて誕生したセルクル・クリップ(Circle clip)が展示されていた。

円いシンプルなクリップは、スカーフを留めたり、ドレスのポイントに使ったりするために、使うことができるアイテムなのであった。


3. 愛(Love)

ピンク色の光に照らされた愛(Love)の部屋。

アルフレッド・ヴァン・クリーフ(Alfred Van Cleef;1872- 1938)とエステル・アーペル(Estelle Arpels)の結婚(1896年)を機に、ヴァンクリーフ・アーペルのブランドが生まれたことから、愛はブランドにとって永遠のテーマとなった。


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この会場奥には、職人たちがジュエリーを作る過程を撮影した映像が流れており、まさにこの職人たちのマンドール(黄金の手;Mains d'Or)がメゾンが考える理念を形にしてきたのである。


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(Lovebirds brooch, 1945)(Clip Secret des Amoureux, 2017)(Birds clip, 1946)


また、ヴァンクリーフは、愛をテーマにしたオペラや演劇からインスピレーションを得て作品を作ってきた。

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(Romeo&Juliet clip, 2019)

例えば、シェイクスピアの有名な悲劇『ロミオとジュリエット』をモチーフにしたクリップ。

少し恥じらいを見せるジュリエットのポーズがとても愛らしい。



4. 自然(Nature)

4-1. 植物(Botanica)

植物学は、18世紀末に科学とファッションの分野両方で広まっていった。

またそれは、植物をモデルに絵画を学ぶ社会的地位の高い家の生まれの女性の娯楽にもなっていった。

植物は、凝った装飾のシルクのドレスと合わせて使用されていた。

まさにそれは、ヴィクトリア朝期(1830年代 - 1900年代前後)のトレンドとしてもてはやされていたのであった。

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ヴァンクリーフは、そのような植物をジュエリーで再現した。


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(Minaudière, 1939, 1945)

格調高くビクトリア朝にタイムスリップしたかのように思うようなクラシカルな形でありながらも、色とりどりの石で装飾されたジュエリーは、新たな命を吹き込まれ、いつ持っていても新しいと言った印象を受ける。



4-2. 生き物たち(Fauna)

1954年、ヴァン クリーフは、動物をモチーフにしたジュエリー、「ラ・ブティック」(La Boutique)コレクションを発表した。

気軽に身につけることができるジュエリーというコンセプトを持ったこのコレクションは、貴重でとっておきの時につけるものという当時のジュエリーの概念を覆した。

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会場には、小さな動物、虫、鳥に分けられて、それぞれが展示されるブースがあり、それはまさに昆虫採集のようでもあった。


見にくくなってしまっているが、様々な種類の犬たち。

足が短く、頭が大きいため、どこか漫画のようである。

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蝶々や鳥たちは標本のようである。

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アニメーションとともに売り出されたこの動物モチーフのジュエリーは、きらめきは一級ながらも、どこか抜けていて可愛らしさが際立っている。

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デザイン画やカタログなど。

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(Catalogo, 1923)


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ヴァンクリーフは、格式高い夜の社交場につけていくようなジュエリーだけではなく、ちょっと街へ映画を見に行く時や久しぶりに旧友に会う時などにもつけていくことができるような、可愛らしいジュエリーも展開しているのであった。


4-3. 花(Flora)
ヴァン クリーフは、いつの時代においても、花というモチーフを使い、洗練された解釈を生み出してきた。

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金や石で作られた花々は、力強い生命力とヴァンクリーフの想像力を体現している。

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精巧にカットされた赤い花の石。

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(Rose brooch, 1959)


また色とりどりの素材を見事に使い分け、咲き誇る花を再現しているのは、ヴァンクリーフの職人たちの技術力である。

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(Bracelet Roses, 1924)

ショーケースに並ぶ花のジュエリーはどれもまばゆい光を放ち、うっとりと眺め、ついつい足が止まってしまうほどであった。


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以上盛りだくさんの展示の一部を紹介したが、ヴァンクリーフ・アーペルの展示の公式アプリもあり、このアプリから作品を見返すことも可能である。


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このような素晴らしい作品たちが全て無料で観賞でき、感激するとともに、その展示の意図を読み解くために、もっとカルヴィーノの勉強をしておくべきだったとも思った。

作品のコンテクストやキュレーターのポリシーを知ることで、観賞は二倍にも三倍にも楽しくなる。

また、今回のように鑑賞後に家でnoteを書きながら、調べていくことで、観賞時には見えなかったものを発見することもできる。

これだから展示についつい足を運んでしまうのである。



ヴァンクリーフ・アーペル(Van Cleef & Arpels: Time, Nature, Love)

住所:Palazzo Reale, Piazza del Duomo 12

開館時間:14:30-19:30(月曜)、9:30-19:30(火曜、水曜、金曜、日曜)、9:30-22:30(木曜、土曜)

会期:2019年11月30日から2020年2月23日まで

入場料:無料


参考:

Vogue.com(2019年12月6日付記事)

polimi.it(2019年12月12日付記事)

(文責・写真:増永菜生 @nao_masunaga)

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