慈愛と美(La Carità e la bellezza): ルネサンス期の名作絵画がミラノ・マリーノ宮に、クリスマスシーズン限定の展覧会
毎年クリスマスシーズンになるとミラノのマリーノ宮(Palazzo Marino)では、イタリア各地の文化施設から貸し出されたルネサンス期の作品にクローズアップした特別展が開催される。
これは、ミラノのレアーレ宮(Palazzo Reale;ミラノの大聖堂の前に立つ美術館)が、銀行インテーザ・サンパオロ(Intesa SanPaolo)と共同で、ミラノの百貨店のリナシェンテ(Rinascente)の支援を得て毎年行っている催し物である。
2022年のクリスマスシーズンにあたり、ミラノは、フィレンツェの協力も得て、ベアート・アンジェリコ(Beato Angelico)、フィリッポ・リッピ(Filippo Lippi)、そしてサンドロ・ボッティチェリ(Sandro Botticelli)などの作品を集めた特別展「慈愛と美」(La Carità e la Bellezza)の開催を発表した。
また今回は、クリスマスシーズンにミラノ各地でアートを楽しもうという粋な計らいのもと、ミラノ中心部のマリーノ宮に限らず、ミラノの8つの各自治体(municipio;2016年まではzoneと呼ばれていた行政区分)でもそれぞれ美術品が展示されている。
その上、マリーノ宮での展示は入場無料で2022年12月2日から2023年1月15日まで毎日開催されているのである。
筆者もちょうどクリスマスシーズンにこの特別展を観ることができたので、今回のnoteでは展示品を紹介していきたい。
1. ティノ・ディ・カマイノ『慈愛』(Tino di Camaino, Carità)
入り口に展示されているのは、シエナ出身のティノ・ディ・カマイノ(Tino di Camaino; 1280-1337)が製作した彫刻『慈愛』(Carità)である。
こちらの作品は、フィレンツェのステファノ・バルディーニ美術館所蔵(Museo Stefano Bardini)のものである。
この彫刻は、フィレンツェのドゥオーモそばの洗礼堂の入り口に2世紀にわたってて設置された後、ドゥオーモ美術館に収蔵されていた。
この二人の子供に乳を与える女性の像は、『慈愛』の寓意を体現しており、同時代の建築家・画家ジョット・ディ・ボンドーネ(Giotto di Bondonel;1267-1337)の作品に匹敵する簡潔かつ堅実な仕上がりとなっている。
2.フィリッポ・リッピ『聖母子』(Filippo Lippi, "Madonna col Bambino")
さらに展示室の奥に入っていくと、鮮やかなフィリッポ・リッピの絵画『聖母子』(Filippo Lippi, "Madonna col Bambino")が目に飛び込んでくる。
フィレンツェのメディチ・リカルディ宮(Palazzo Medici Riccardi; マギ礼拝堂)が所蔵する本作は1460年代、フィリッポ・リッピが、ローマ教皇領のスポレートの大聖堂のフレスコ画を手がける直前に描かれたものとされている。
余談になるが、現在スポレートについて調査を進めている筆者にとってこのエピソードは、この絵をより身近なものに感じさせるには十分すぎるものであった。
(このサムネイルの画像がフィリッポ・リッピが描いたフレスコ画)
1460年代のフィレンツェといえば、都市内部では紛争があったものの、メディチ家の支配が盤石なものになろうとしていた時期にあった。
このように比較的政治力・経済力を持った指導者のもとで、フィレンツェの学問や芸術は繁栄したのであり、フィリッポ・リッピもその中で活躍した芸術家の一人であった。
この絵画は、20世紀初頭まではフィレンツェの精神病院であるカステルプルチ(Castelpluci)に設置されていたという。精神病院のあるカステルプルチ荘に置かれていた。
聖母マリアのショールについたパールや柔らかな手、節目がちな目など全てが繊細で優しい。
またこの絵画の裏面には素描も残されている。
ちなみにフィリッポ・リッピは、スポレートでの作品制作中に亡くなったため、フィレンツェとスポレートの間でどちらの都市にこの芸術家のお墓を建てるか論争がなされた。
最終的にフィリッポ・リッピは、スポレートの地に眠ることになったのであった。
3.ベアート・アンジェリコ『三博士の礼拝』(Beato Angelico, "Adorazione dei Magi")
フィリッポ・リッピの絵と向かい合わせに設置されているのは、ベアート・アンジェリコ『マギの礼拝』(Beato Angelico, "Adorazione dei Magi")である。
フィレンツェのサンマルコ美術館に所蔵される本作は、細密画や金細工、彫刻など高度な技術を組み合わせて作られている。
『三博士の礼拝』となんともクリスマスらしいテーマの作品である上に、菌を基調としたとても華やかな色合いである。
なお別の特別展のために貸し出されていた本作がミラノに到着し、このマリーノ宮で公開されたのは、本展の開幕から二週間以上経った2022年12月20日だったとのこと。
宝石のように煌びやかな作品をタイミングよく鑑賞することができてラッキーであった。
4.サンドロ・ボッティチェリ『聖母子』(Sandro Botticelli, "Madonna col Bambino”)
会場の奥にあるのは、フィレンツェのスティッベルト博物館(Museo Stibbert)が所蔵するサンドロ・ボッティチェリの『聖母子』(Sandro Botticelli, "Madonna col Bambino”)である。
先に紹介したフィリッポ・リッピの作品が制作されたのは1460年代とメディチ家の地位が比較的安定していた時代だったのに対し、ボッティチェリのこの作品が制作された1490年代には、フィレンツェの運命は大きく変わっていた。
まず1492年にフィレンツェの政治と文化を牽引した事実上の指導者ロレンツォ・ディ・メディチ(Lorenzo il Magnifico)が亡くなり、1494年にイタリア戦争が勃発し、アルプスを超えてやってきたフランス軍にイタリア全土の都市が恐怖に戦いた。
さらにジローラモ・サヴォナローラ(Girolamo Savonarola;1452-1498)が神権政治を行い、メディチ家や教皇庁を激しく糾弾した。
このボッティチェリの聖母子像が制作され始めたのは、まさにこのサヴォナローラが処刑された頃であり、フィレンツェがこれからの予想もつかない運命を前に羅針盤も持たずに途方に暮れていた、そんな時代であった。
ボッティチェリは、ロレンツォ・デ・メディチをパトロンとして活躍した芸術家であっただけに、サヴォナローラの説法に強いショックを受けたようであり、このどこか悲しげな絵画も、不穏な空気が立ち込めるフィレンツェの運命を暗示するかのようである。
それはフィレンツェのウフィッツィ美術館に展示される『ヴィーナスの誕生』や『春』の色合いとは異なるものであり、憂いを帯びたマリアの表情とくすんだ空の色は、不安な世の中に生きる私たちにとって、思わず目を逸らしたくなるものでもある。
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ちょっとアンニュイな感じでまとめてしまったが、一つの彫刻と三つの絵画からなる本展は、マリーノ宮の空間やその光を贅沢に使ったものでもある。
またその会場の奥行きや高さを強調するかのように布も効果的に使われており、イタリア語版の記事では「光と布の戯れ」(in un gioco di luci e tessuti)と表現されていた。
この設営を担当したデザイナーのフランコ・アキッリ氏(Franco Achilli)らは、絹を含む完全にリサイクル可能な植物由来の素材を使って会場を作り上げたという。
なお本展の終了後は、この白い布は全て回収され、ティツィアーノ・グアルディーニ(Tiziano Guardini)のコレクションに使用される予定とのこと、これもまた楽しみなプロジェクトである。
参考:
慈善と美(ラ・カリタ・エ・ラ・ベレッツァ;La Carità e la Bellezza)
会場:マリーノ宮(Palazzo Marino)
住所:Piazza della Scala 2, 20121, Milano, Italy
展示期間:2022年12月2日から2023年1月15日まで、9:30-20:00
入場無料
公式ホームページ:palazzorealemilano.it
参考:
「La Carità e la Bellezza」『arte.go』(2022年12月2日付記事)
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