【前編】 ピカソ没後50周年記念、ポール・スミスが特別展をパリ国立ピカソ美術館にてキュレーション:Picasso Celebration, The Collection In A New Light!
パリの国立ピカソ美術館にてポール・スミス(Paul Smith;1946-)がキュレーションした特別展が2023年3月から8月にかけて開催されている。
"Célébration Picasso, la collection prend des couleurs !/ Picasso Celebration, The Collection In A New Light!"(訳:ピカソ セレブレーション、コレクションが新たな色に染まる!)と題された本展は、パブロ・ピカソ(Pablo Picasso;1881-1973)の没後50周年を記念したものである。
この記念すべき年に際し、ヨーロッパと北米では2022年秋から2024年まで、様々なピカソについての展覧会が開催されており、本展もその一つである。
本展のキュレーションを依頼されたイギリスのデザイナー、ポール・スミスは、2021年にパリ国立ピカソ美術館の館長に就任したセシル・ドブレーとともに、同館のコレクションから自由自在に作品を選び、組み合わせることで実にユニークな展示空間を生み出した。
生まれた年代も地域も異なるピカソとポール・スミスであるが、舞台への興味、見る人を楽しませるユーモアとオリジナリティ、そして確固たるオリジナリティといった点で共通点を持っている。
ピカソの作品を所蔵した美術館は世界各地に点在しているが、ポール・スミスの眼を通して作品を見る本展は、ピカソが編み出してきた多彩な表現を、これまでとは違ったように見て感じる視点を提供してくれるのである。
また本展では、ピカソのほかに、シェリ・サンバ(Chéri Samba;1956-)など、ピカソの影響を受けた現代のアーティストの作品も展示されている。
それでは早速、展示作品を見ていくこととしよう!と言いたいところだが、その前に、会場の入り口に展示されていた作品をいくつか紹介する。
こちらは牛の頭に見立てられた自転車のサドルとハンドルたち。
また右端に見えるのは、曲芸師を描いたピカソの作品である。
メドラーノのサーカスでのパフォーマンスに触発されたピカソは、1930年代初頭、曲芸師というテーマを選択し、人間の形の柔軟性と変身能力を表現しようとした。
美術史家のアルフレッド・バー(Alfred Barr)は、キャンバスの画面に収まるように歪んで描かれているアクロバットな身体を、しなやかで有機的な形態の芸術として、「バイオモルフィズム」(biomorphism)という言葉で表現した。
1. オンステージ!(En Scène!)
パブロ・ピカソの舞台芸術への関心は、スペインで過ごした幼少期にまで遡る。
1900年頃からパリとバルセロナを行き来するようになったピカソは、詩人の友人マックス・ジャコブ(Max Jacob)やギョーム・アポリネール(Guillaume Apollinaire)とともに、メドラーノのサーカスの常連となり、ピエロやダンサー、曲芸師などの社会の周縁に生きる人々に興味を持つようになる。
またピカソは、バレエのセットや衣装を手がけるようになったと共に、1918年にはロシアのダンサー、オルガ・ホクロワ(Olga Khokhlova)と結婚し、バレエ・リュス(Ballets Russes)と様々なコラボレーションを行った。
バレエを介して、ピカソは、1920年代パリの芸術家たちとの親交を深め、妻と子供と共に仮装パーティーに参加することもあった。
こちらはハーレクイン(道化師)に扮したピカソの第一子ポール(1921-1975)の様子。
この作品は意図的に未完成のままにされており、ピカソが足の位置を変えた後が見える。
このようにハーレクインの身なりをした少年は、ピカソの薔薇色の時代(1904-06)から1970年代まで重要な主題であり続けたのであった。
また1918年以降、キュビズムと並行して、パブロ・ピカソは、より写実的な絵画へとシフトしていく。
ここでもピカソは、ピエロに扮した息子ポールを描いており、その背景は家族のアパートの一室のようでありながらも、どこか劇場のように鮮やかに彩色されている。
2. 青の時代(Mélancolie Bleue)
1901年秋、友人カルロス・カサゲマス(Carlos Casagemas)を亡くしたパブロ・ピカソは、青一色のパレットを用いた新しい作風を確立した。
この頃のピカソは、オイルランプの灯りだけで製作していたこともあり、その作品には寒さや憂鬱な雰囲気が漂うことになった。
またこの時期のピカソは、乞食や娼婦、酒飲みなどの社会の周辺・下層に生きる人を通じて、このような貧困や侘しさが普遍的なものであることを主張した。
この「ラ・セレスティーヌ」(La Célestine)には、青の時代の終わりを告げる作品として、よりはっきりした色のアクセントがある(光が反射してしまい、ここでは少し緑っぽく写っている)。
この片目の女性のモデルは、バルセロナでピカソの近くに住んでいたカルロッタ・バルディヴィア(Carlotta Valdivia)とされており、1904年にこの作品を完成させると、ピカソは、パリへ向かった。
3. アッサンブラージュとコラージュ(Assemblages et Collages)
ピカソは、日用品を使用することが芸術にとって重要だと常に感じていた。
1910年代初頭、友人ジョルジュ・ブラックとともに開発したキュビズムの技法「ペーパーコラージュ」(paper colles)で、この革命的なアプローチを採用した。
こうして出来上がった美術史上初のコラージュは1912年製作の「籐椅子のある静物」(Nature morte à la chaise cannée)である。
さらにピカソは、絵画、ドローイング、彫刻、それぞれの境界線を曖昧にしていき、それらの芸術形式によって作品と物との関係に疑問を投げかけた。
また絵画では、ピカソは壁紙や衣服の装飾モチーフを使うことによって、芸術と現実の関係を逆転させ、曖昧にし、再利用の芸術という道を切り拓いた。
4. キュビズム( Cubisme)
1906年の秋頃から、イベリア美術やローマ彫刻、アフリカやオセアニアの芸術など様々なものからインスピレーションを得て、自身の作風を全く違う方向へと動かし始めた。
またポール・セザンヌ(Paul Cézanne)の「自然を円柱、球体、円錐で表現し、遠近法で捉える」という理論にも影響を受けたピカソは、形を単純化し、1907年から14年にかけてジョルジュ・ブラック(George Braque)と協力し、キュビズムを極めた。
キュビズムの初期には、彼らは自然や人物の表現を探究していたが、その後、静的な生活用品に着目するようになった。
キュビズムの作品は、グレーやベージュの色調を抑えたパレットを使い、現実を断片化し、それをキャンバスの上で再構築するという手法が特徴として挙げられる。
5.ピンクレディーズ(Pink Ladies, Autour des Demoiselles d'Avignon)
1906年の夏、形と空間の簡略化に取り組んでいたピカソは、カタルーニャ・ピレネー山脈の小さな村ゴソルに滞在し、女性の身体に興味を深めていった。
こうして1906年秋以降、ピカソは、このテーマについての絵画や彫刻、ドローイングなど多くの作品を残した。
これらの作品には、ピカソが1906年の初めにルーヴル美術館にて鑑賞したイベリア美術(スペイン、紀元前6~2世紀)に影響を受けた新しいアプローチの試みが見られる。
ピカソは、パレットをピンクや黄土色に限定し、逞しい女性の身体を正面から描いた。
その作風は、大作『アヴィニョンの娘たち』(1907年、ニューヨーク近代美術館蔵)においてもよりはっきりと目にすることができるのである。
6.ヴォーグの中の芸術家(Un Artiste en Vogue)
ピカソは、13歳の頃に日常生活のスケッチを掲載した風刺雑誌を作り始めた。
ピカソは、知人の肖像画などでもこの痛烈なタッチを見せていた。
壁一面に1950年代の『ヴォーグ』が貼られたインパクトのあるこの展示室では、スタイリッシュなファッション写真にちょっと手を加えるだけで、それをグロテスクかつユーモアに溢れたものにしてしまっているピカソのセンスを見ることができる。
どんなにすました美しい人でも、ピカソの前では途端に形無しになってしまう。
ピカソは、悪魔などの邪悪な生き物をファッション誌の紙面に書き加え、モデルの姿勢を崩し、キッチュなものすることで悦に入っていたのである。
こちらは2階の会場へ続く緩やかな坂。
曇り空のパリが見える。
この可愛らしい鳩の丸窓の写真は筆者のお気に入り。
7. ビオモーフィズム(Biomorphisme)
ビオモーフィズム(Biomorphism)、あるいは有機的形態造形とは、自然界で見られる規則的な模様を取り込んだ芸術作品のことであり、自然と調和するしなやかで有機的なフォルムを特徴とする。
1930年代の美術評論家たちは、パブロ・ピカソやジャン・アルプ(Jean Arp)、ジョアン・ミロ(Joan Miro)といった画家たちの作品をこの「ビオモーフィズム」という言葉で表現した。
ピカソの作品に登場する身体は現実とはかけ離れた形になっており、むしろ生命の永続的な生成を示唆している。
またこのフォルムは、ピカソの先史時代の遺物への関心を物語るものでもある。
下の写真の左側に写っているのは、ルイーズ・ブルジョワ(Louise Bourgeois;1911-2010)による2枚のドローイング「The Good Mother」である。
その体は、豊満な胸を持つ旧石器時代のヴィーナスに近いと同時に、隣の溶けたアルミニウムのコラージュがそれを強調しているように、よりランダムな形とも言えるのである。
参考:「ビオモーフィズム / Biomorphism、自然界で見られる規則的な模様を取り込んだ作品」『アートペディア』(2017年2月14日付記事)
以上、ここまででもかなりの作品数となってしまったので、一旦【前編】は締め括る。
【中編】以降もお楽しみに!
ピカソ×ポール・スミス展(Célébration Picasso, La Collection Prend des Couleurs!)
会場:ピカソ美術館(Musée National Picasso-Paris)
住所:5 Rue de Thorigny, 75003 Paris, France
開館時間:10:30-18:00(火曜から金曜まで)、9:30-18:00(土曜日曜)、月曜休館
入場料:14ユーロ(大人)、11ユーロ(割引料金)
公式ホームページ:museepicassoparis.fr
参考:
・「没後50年のピカソ作品をポール・スミスがキュレーション。パリの〈ピカソ美術館〉で3月スタート。」『Casa BRUTUS』(2023年2月9日付記事)
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