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アール・ヌーヴォー、1880年から1914年のジュエリーのメタモルフォーゼ(Un art nouveau: Métamorphoses du bijou 1880-1914):パリのレコール・ジュエリーで開催の特別展

今回のnoteでは、パリの宝飾芸術のための学校、レコール・ジュエリー(L'ECOLE, School of Jewelry Arts)にて開催されている特別展「アール・ヌーヴォー、1880年から1914年のジュエリーのメタモルフォーゼ」(UnArt Nouveau: Métamorphoses du bijou 1880-1914)について紹介する。

この学校は、ヴァン クリーフ&アーペル(Van Cleef & Arpels)のサポートを受けて運営されており、定期的に宝飾品にまつわる展示を企画している。

※参考 公式ホームページ(日本語版) : lecolevancleefarpels.com

19世紀から20世紀へ、という新たな世紀の変わり目において、科学的知識や美的感覚がより洗練されていった結果生まれた、新たな芸術運動アール・ヌーヴォー(Art Nouveau)

この頃、歴史主義(Historicisme)、オリエンタリズム(Orientalisme)、象徴主義(Symbolisme)という三つの運動が、アール・ヌーヴォーの発展を後押しした。

産業革命の急速な社会文化の進化に直面した芸術家たちは歴史や過去の文化からインスピレーションと安定を見出す歴史主義という立場を取った。

また19世紀のヨーロッパの征服の背景に対抗して生まれたオリエンタリズムを支持する芸術家たちは、ユートピア的な東洋を描くべく、エジプト、ギリシア、北アフリカ、アジアへの探検活動に関心を寄せていた。

ところがこの探検活動は、植民地を作るという政治的な動機のもと行われていたことも否めないことから、西洋の側に都合に良い東洋の消費なのではないか、という議論も巻き起こった。

そして最後に1880年から1890年の間にヨーロッパで広まった象徴主義は、曖昧な線や多様な表現を特徴とし、詩的な隠喩を用いて愛や死、精神性など抽象的な概念を具現化した。

このように時代が生んだ運動の後押しもあって、アール・ヌーヴォーの芸術家たちは、実用的な目的に縛られることなく、大胆な発想によって、その作品の中に詩的で幻想的な世界を再現した。

建築や絵画、彫刻のみならず、本展で取り上げる宝飾芸術も、この芸術運動の発展のために中心的な役割を果たした。

本展は、「妖精のような自然」(Fairy-like Nature)、「花開き」(Bloomings)、「抽象」(Abstractions)という3つのセクションに分けられており、文学や科学からインスピレーションを受けたユニークかつ魅惑的なジュエリーを鑑賞することができる。

それでは早速作品を見ていくこととしよう。

※参考:「 【美術解説】アール・ヌーヴォー「自然と調和したライフスタイルを目指す新しい芸術」『Artpedia』(2018年8月10日付記事)



1. 妖精のような自然(Natures féériques)

アール・ヌーヴォーの芸術家たちは、ルネサンス期の自由でダイナミックな作品や神話、そして寓話など、魅惑的な過去を熱心に研究した。

パリの建築家ウジェーヌ・エマニュエル・ヴィオレ・ル・デュク(Eugène-Emmanuel Viollet-le-Duc;1814-1879)のように、古典的な建築や芸術を「再発見」することで、芸術家たちはその想像力を養い、1880年代まで芸術界を支配していた装飾的な規範から脱却しようと試みた。

このような芸術家たちの作品を読み解く上で必要な3つのテーマをここで紹介することにしよう。

第一に幻想的な獣たち(Bstiaires fantastiques)、芸術家たちは、中世やルネサンス、さらにはマニエリスムの作品に見られる怪物や奇妙な生物たちが織りなす夢幻的な世界観からインスピレーションを得た。

( 左 Broche Profil de femme et serpents, vers 1903-1905, René Lalique, maître verrier, bijoutier-joaillier (1860-1945), Or, émail, topaze, Wingen-sur-Moder, Musée Lalique Dépôt Shai Bandmann & Ronaldo Ooi; 右 Vase Serpent, vers 1900, Clément Massier, céramiste (1845-1917), Crès émaillé, collection Jean-David Jumeau-Lafond)

次に夢と悪夢(Songes et cauchemars)、白昼夢、眠り、夜、そして悪夢といったキーワードは、不安定かつ秘教的な世界を表現する媒体として芸術家たちに好まれた。

( Broche Apparitions, 1900, Maison Vever, Eugène Grasset, dessinateur, illustrateur et décorateur (1845-1917), Or, émail, ivoire, topazes, achat, 1900, inv. OAO44, Paris, Musée d'Orsay)


そして最後に生きた水 - 騒がしい水(Eaux vivantes- Eaux troubles)、無数の変動する形が満ち溢れる海の深淵は、魅惑的であるとともに不安を引き起こすものでもあった。

( Bracelet Le baiser du faune, vers 1905, René Laliue, maitre verrier, bijoutier-joaillier (1860-1945), Or, verrer, émail, Wingen-sur-Moder, Musée Lalique, Dépôt Shai Bandmann & Ronald Ooi)

このセクションでは、ニンフや蛇、雫、水の泡などの変わったモチーフが一つのジュエリーの中に閉じ込められたものが並び、その一つ一つの中に物語があったのが印象的であった。





2.花盛り(éclosions)

19世紀半ば以降、展覧会や刊行物、そして異国への旅などを通じて、ヨーロッパの人々は、新たな知の世界にアクセスできるようになっていった。

その中でも植物学や生物学の展開により、植物は、ジュエリーを制作する上で人気のモチーフとなっていた。

そこでは芸術と科学が交差するイメージが投影されると同時に、女性のモチーフは、生への欲望と官能を表現するものとして好んで用いられた。


こちらは本展のメインビジュアルとなっているニンフのジュエリー。

( Pendentif Nymphe de mers, vers 1900-1905, Georges Fouquet, joaillier (1862-1957), Or, émail, mosaïque d'opales, diamants, Tokyo, Albion Art Institue, Private collection)

海の泡のような色の組み合わせが素敵で見惚れてしまった。


またまさにこのショーケースは海がモチーフの宝石が集められていた。

( 左 Falcon, vers 1900, Henri Vever, joaillier (1854-1942), Or, or émaillé, agate arborisée, Don Henri Vever, 1924, Inv. 24510 A, Paris, Musée des Arts décoratifs/ 右 Falcon Sirènes, vers 1905, René Lalique, maitre verrier, bijoutier-joailler (1860-1945), Verre moulé-pressé à cire perdue, or, Wingen-sur-Moder, Musée Lalique Dépot Shai Bandmann&Ronald Ooi)



一つのジュエリーの中に物語があるようでとても面白い。

( Broche Femme et pieuvre, vers 1898-1900, Louis Aucoc, bijoutier, orfëvre (1850-1932), Or, émail, diamants, perle, Inv. 1977/2, Schmuckmuseum Pforzheim)


こちらは会場の一角にあったミュシャのパネル。



葉っぱや雪の結晶、木の枝、そして虫もジュエリーのモチーフとして盛んに用いられた。

移り行く自然の風景や、小さき生き物たちの刹那的な生の一瞬を切り取ったこれらの作品たちは、その複雑かつしなやかな形や色を見事に表現している。

( 左 Pendentif Pausage d'hiver, vers 1898, René Lalique, maître verrier, bijoutier-joaillier (1860-1945), Or, émail, perle, verre, Tokyo, Albion Art Institute, Private collection/ 右 Broche à décor de branches et pommes de pin encadrant un émail La Forêt, 1910, maison Boucheron, Lucien Hirtz, émailleur (1864-1928), Or vert, ciselé, émail, Paris Collection privée Boucheron)

本の挿絵のような冬の日。




また動物や植物のメタモルフォーゼ(変態)に関心を寄せた芸術家たちは、
その形態の多様性や神秘に魅入られた。

(épingle Papillon articulé, 1900, Enguerrand du Suan de la Croix, joaillier (1840-1914), Métal, émail, Don 2012, inv. OAO 2041, Paris, Musée d'Orsay)



( Broche, entre 1899 et 1903, René Lalique, maître verrier, bijoutier-joaillier (1860-1945), Or jaune et rose, émail, tourmalines, Don Miss Tarn, s. d., inv. OAO 48, Paris, Musée d'Orsay)
( Peigne Cigales, vers 1903, Gaston Chopard, bijoutier (1883-1942), écaille, émail, or émaillé, perles, Don Madame Gaston Chopard, 1952, inv. 37291, Paris, Musée des Arts décoratifs)


こちらももう一つのメインビジュアルであるジュエリー。

儚げな蝶の妖精?と思わせておきながらも、よく見るとしなやか、かつ力強いラインが特徴的な作品である。

( Plaque de cou-broche Sylphide, 1900, René lalique, maître verrier, bijoutier-joaillier (1860-1945), Or jaune, émail, diamants, Tokyo, Albion Art Institute, Private collection)


このように芸術家たちは、想像や夢から生まれた風景や神話のモチーフを用いて、象徴主義的な美意識を探究したのであった。

( Broche-pendentif, vers 1898-1900, René Lalique, maître verrier, bijoutier-joaillier (1860-1945), Or, émail, perle, Inv. 1736, Schmuckmuseum Pforzheim)
(Collier avec pendentifs Femmes poissons ailés, vers 1897-1899, René Lalique, maître verrier, bijoutier-joaillier (1860-1945), Or, émail, verre, platine, Wingem-sur-Moder, Musée Lalique Dépôt Shai Bandmann & Ronald Ooj)


( Broche Modestie, 1900, Antony Beaudouin, bijoutier (1858-?), George Le Saché, orfèvre (1849- vers 1920), Or, émail, diamants, perle, inv. 1404, Schmuckmuseum Pforzheim)
( Bague Femme-poisson, 1900, René Lalique, Maître verrier, bijoutier-joaillier (1860-1945), Or, émail, inv. 1979/14, Schmuckmuseum Pforzheim)
( Pendentif Le parfum ou La Rosée, 1900, Maison Vever, René Rozet, sculpteur (1858-1939), Or, argent, platine, émail, diamants, opales, perle, Don Henri Vever, 1924, inv. 24525, Paris, Musée des Arts décoratifs)

アンデルセンの『雪の女王』のようなジュエリー。

(Broche-pendentif, Femme-pensée, vers 1900, René Lalique, bijoutier-joaillier (1860-1945), Or, émail, diamants, Tokyo, Albion Art Institute, Private collection)

蜻蛉のような羽と女性の横顔の組み合わせが美しくうっとり魅入ってしまった。

( Pendentif, 1900, Henri Vever, joaillier (1854-1942), Georges Le Turcq, bijoutier, actif au début du XXe siècle, Or émaillé, diamant, Don Henri Vever, 1924, inv. 24552 A, Paris, Musée des Arts décoratifs)


( Bague, vers 1900, Louis Aucoc, bijoutier, orfèvre (1850-1932), Or, Inv. 1389, Schmuckmuseum Pforzheim) (Bague, vers 1900, Louis Aucoc, bijoutier, orfèvre (1850-1932), Or, Inv. 1389, Schmuckmuseum Pforzheim)



3. 抽象化(Abstractions)

19世紀末から20世紀初頭にかけて、各国は、万国博覧会という舞台で、自国の威信をかけて科学や芸術の成果や魅力を積極的にアピールした。

特に1900年に開催されたパリ万国博覧会では、グラン・パレとプティ・パレが会場として建てられたほか、ロシア皇帝ニコライ2世の尽力もあり、セーヌ川にアレクサンドル3世橋が架けられるなど、今もパリの街でその名残を見ることができる。

また美術商のサミュエル・ビングが出展した「アール・ヌーヴォー」という名前の店が期間中に話題になったことから、その店名がそのまま、この時代のパリの装飾美術様式の呼び名となった。

( Broche, vers 1900, Maurice Robin & Cie, Or, perles, diamants, rubis, Chicago, The Richard H. Driehaus Collection)
( 左から Bague Fleur, vers 1900, Bernard Fréchou, joaillier (?-1926), Or, perle, diamants, Chicago, The Richard H. Driehaus Collection/ Bague, 1900, Georges de Ribaucourt, bijoutier (1881-1907), Or, turquoise, Legs Madame Deribaucourt en souvenir de sa fille et de son fils, 1938, inv. 32624, Paris, Musée des Arts décoratifs/ Bague, 1900-1901, Antony Beaudouin, bijoutier (1858-?), Georges Le Turcq, joaillier (1859-?), Or, émail, diamants, perle, Inv. KV1452, Schmuckmuseum, Pforzheim)


シンプルな線を巧みに使ったデザインは、可憐なだけではなく、解釈の余白を残すものである。

( Broche Brillants et grenats, vers 1886-1893, René Lalique, maître verrier, bijoutier-joaillier (1860-1945), Or, Brillants, grenats, Wingen-sur-Moder, Musée Lalique Dépot Shai Bandmann & Ronald Ooi)


また蔓草模様や幾何学図形などを図案化したアラベスクは、植物ののびやかな命の力を表現するものである。

(Peigne, vers 1902, Henri Dubert, bijoutier-joaillier, émailleur (1872-1947), Or ciselé, corne, énail à jour, brillants, Achat, 1905, Dépôt du musée national d'art moderne, 1977, inv. DO 1977 13, Paris, Musée d'Orsay)
( Broche-plaque, vers 1900, René Lalique, maître verrier, bijoutier-joaillier (1860-1945), Or, émail, diamants, Chicago, The Richard H. Driehaus Collection)


さらにこの時期、顕微鏡を使って有機物や、鉱物、結晶の細部まで見ることができるようになると、抽象的でありながら秩序だった世界観がジュエリーのデザインにも使われるようになった。

(Flacon, vers 1896, René Lalique, maître verrier bijoutier-joaillier (1860-1945), Or, émail, améthystes, Achat René Lalique au Salon du Champ de Mars de 1896, inv. 8430, Paris Musée des Arts décoratifs)


本展の図録。




4.時代を読み解くキーワード

本展の最後のブースには、アール・ヌーヴォーの時代を読み解くキーワードをモチーフにしたパネルが展示されていた。


まず一つ目のキーワードは、ユニークな素材(Des matières singulières)

アール・ヌーヴォー様式のジュエリーは、様々な種類の石や金属、素材の組み合わせを得意とし、そのコストや機能性よりも、芸術的なデザインを重視するものである。

その背景には、19世紀後半に研究が進み、石英、ベリル、ペリドット、クリソプレーズ、トパーズ、トルマリン、ガーネットなどの石やガラスに関する知識が深められたということがある。

さらには、珊瑚、真珠母貝、真珠、琥珀、角、べっ甲、象牙などの有機的な素材も積極的に使われるようになり、これらの素材を使って、女性らしいシルエットや、葉や花、昆虫や妖艶な唐草が表現された。

これらの自然が生み出した唯一無二の素材たちは、ルネ・ラリックやリュシアン・ガイヤールといった宝石職人やギュスターヴ・モローなどの画家にインスピレーションを与え続けた。




二つ目のキーワードは、想像力の更新(Un imaginaire renouvelé)

植物、動物、神話、夢...

1880年代以降の装飾芸術は、実に多様なテーマによって、革新的な芸術的傾向を帯びるようになった。

また芸術家たちは、過去や極東の文化への関心を強めていき、持ち込まれた異国の品々はインスピレーションの源となった。

また象徴主義の流れを汲む芸術家たちは、貝殻、化石、珊瑚、羽毛、爬虫類、雪の結晶、海藻、髪の束などに美を見出し、ユニークな形の工芸品や宝飾品を生み出していった。



最後に三つ目のキーワードは、「ジュエリー:職業と産業」(Le bijou: un métier et une industrie)である。

19世紀後半、技術および芸術教育が世界的に推進される中、パリでもいくつもの専門学校が設立された。その一つとして挙げられるのが、1867年に設立された製図・モデル学校(Ecole Professionnelle de Dessin et de Modelage)であり、また1864年にはすでに宝石・金細工組合(Chambre Syndicale de la Bijouterie, Joaillerie, Orfèurerie)が組織されていた。

職人や労働者たちは、正しい教育のもと習得した製図技術を使い、宝飾のデザインをさらに洗練させていった。

また機械化と分業化が進んだ結果、ジュエリーの工房でも工作機械を導入するようになり、労働者たちの作業時間は大幅に短縮された。

このようにして材料とコスト、手間の大幅な節約が可能になったジュエリー製作は、ギャラリーのオープンや国際的な展示会への展示といった時代の要請に呼応することができたのであった。


以上、煌びやかなジュエリーを紹介してきたが、これらのジュエリーの細やかな造りを目にするうちに、一つの宝石の中に宇宙や物語があるような気がしてきた。

流れるような植物や女性の顔・身体をモチーフに作られたジュエリーたちは、儚げでありながらも、時代を超えた輝きを放っている。

これらのジュエリーが誕生した時代の背景や当時の芸術運動の展開など、さらに掘り下げていくことで、ジュエリーを読み解くことができる、なんとも楽しい展示であった。


「アール・ヌーヴォー、1880年から1914年のジュエリーのメタモルフォーゼ」(UnArt Nouveau: Métamorphoses du bijou 1880-1914)

会場:L'ÉCOLE, School of Jewelry Arts - Place Vendôme

住所:31 Rue Danielle Casanova, 75001 Paris, France


公式ホームページ:lecolevancleefarpels.com

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