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lost in translation with two tiny humans

夫が転勤になり、日本からオーストラリアのシドニーに子供たちを連れて引っ越しました。私たち母子はこの4月に渡豪しましたが夫はもう既にその1年前からシドニーにて駐在生活を送っていました。東京から離れることができず、日本にて母子家庭をしてまでズルズルと渡豪を引き延ばしていましたがタイムリミットが来て、そして家族合流。

まず引っ越し荷物を日本から送ったはいいけど船便って2ヶ月以上届かないんです。その間、家族でキャンプみたいな生活を送り、一番の悩みは腰痛でした。空気で膨らましていたマットレスにて2ヶ月、腰がヘルニア寸前でした。そんなことどうでもいいんですけど、なんていうか外に出れば日本じゃないし家の中も非日常というか。

引っ越したマンションがなんと60階まであって、しかも駅の真上に住むとか全く想定していなくてカルチャーショックの連続だったんです。我が家は20階なんですけどそれでもすごく地上から離れていて夜はハイウェイの夜景がすごく綺麗で。子供たちの学校も始まらず、やることなくて早く寝て遅く起きる生活をしていたら仕事で忙しい夫とは下手したら3日間くらい顔合わせてないなってときがあってまるで映画のlost in translation みたいだなって。子連れのスカヨハを完全に意識してました。

何が言いたいかって言うと、せめてもスカヨハを演じてないと本当にメンタル崩壊寸前で。なぜなら東京に未練がありすぎて、ものすごく後ろ向きな気持ちでこっちに来ました。自分の興味はほぼ東京という街であってそれしか写真に収めてこなかったと言っても全然過言じゃなくて。東京を取りあげられたら自分の思考回路がどうなるかっていうのも何となく予想はついていたけど、ほんとに情けない状態で。と言っても子供2人とみっちり一緒に過ごしているので自分のことばかり考えている訳にはいかなくて。当たり前ですけど笑。

長女は小4、長男は小1でもう十分人間なんで私の心情を察するんです。外に出て、どこに何があるかとか、これどうやって買えるんだろうとか私もオドオドしっぱなしだったので子供ながらにこんな不安そうなママを初めて見たようで、最近になって、ママだいぶ買い物慣れてきて良かったねって言ってくれます。

SNSを見れば日本の皆は相変わらず輝いているように見えて。オーストラリアに来る前にやはりたくさんの撮影のお声かけしていただいたのに関わらず、スケジュール的にも精神的にも余裕なくほとんど実現できないままだなーって。もう声かけてくれないだろうなー。大事なものを諦めなきゃいけない結婚なんて。私って今一体何してるんだろうってアイデンティティがどこかに行ったなーって。そもそもアイデンティティって何。
じゃシドニーの写真撮ればいいじゃんって誰もが思うことだろうけど、シャッターをきる原動力ってそんな単純じゃないよね。


でも子供たちのおかげでなんとか前向きにこちらでも頑張れそうです、とか言えば母親らしく美談ですけどなかなかそうでもないですよ。子供たちからも写真バカとして見られていますけど他のお母さんとは違う変なママがいいから写真は辞めないでって1回だけ言ってもらえたことがあって、その言葉が写真やっててもいいんだって励みになっているのは確かです。学校の説明会にやっとこ行くときの写真です。

実は自分の人生のちょうど半分の年月を日本じゃない場所で過ごしています。それしにては海外に馴染めない感に笑ってしまうんですけど、その要素もあってずっと日本には強い憧れがあって執着があるんです。生まれも育ちもずっと同じ場所っていう人生がすごく羨ましくて生まれて此の方転勤族でどこの土地に対しても根を張れてないことにコンプレックスがありますよ。盆踊りも覚えたかったし成人式も出たかったし同窓会も呼ばれたかったな。

子供たちは新しく入った学校はすごく楽しい、もしかしたら日本の学校より楽しいかもしれないって言ってくれているのがものの救いです。でも早く日本に帰ってあれこれしたいねってふと言うのでママもだよってその感情を子供と共感できるのが私にとっては拠り所なんです。

正直オーストラリアはとんでもなく環境がいい素晴らしい国でとても好きですよ。頑張るっていう言葉が苦手で責任が持てないのであんまり言いたくないので今はこの国で流れる時間に身をまかせてやりたくなったことに取り組んで行けたらいいなと思っています。葛藤する時間も人生には大事です。


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写真家。母。zine "boys in tokyo sentimental"東京の街の写真を撮っています。現在シドニー在住。