【小説】蝶はちいさきかぜをうむ その9

風飼いの少年が療養所の奥の森を抜けたところの草原に立ってお機械さまをじっと見ながら
なにやらしております。




ふすーっ　ぴ　ぴぃーーーーー


「あっ！鳴った！」

少年は笛を吹き、風に耳を澄ませます。


「んー？風、来ないなあ。やっぱり壊れてるのかな、これ。」


小さな木製の丸い笛を覗き込んで言いました。

お機械さまの草原で充分に風を遊ばせた少年は、また風に乗って街に降り立ち、発電風機所に風を届けました。


「やぁ。本当に助かったよ。これでしばらくは電気が作れそうだ。」


少年は少し照れくさくなって、いひひと笑いました。


「さあ、この蓄電時計を、時計塔に届けておくれ。街の時間は時計塔のものだからね。」


そうして少年は、電気が作られると一番に供給される時計塔へ電気が無事に届き始めたかを確認するために走っていきました。


「こんにちわー。風飼いです！“時間”のお届けです！電気は届いていますかぁ？」


少年は一人前の風飼いらしく、元気に挨拶をしました。


「ああ、ありがとう！いま、電気が届いているか確認するからね。

うん。バッチリだ！さあ、大時計を合わせよう。」


時計塔の番人は少年から蓄電時計を受け取ると、大時計の針を慎重に合わせました。



番人が時計の針を合わせている間、少年は時計塔のてっぺんにある大きな輪っかに登って街の風の様子を見ていました。


「おじさん。この街ではずっと風が吹いてないの？」


「前はよく吹いてたんだがなぁ。ここ数年はさっぱりだな。
発電風機所は崖沿いにあるから、ここよりはマシだったろう？」


「うん。それでも、そよそよって感じだったけどね。」


「むかーし、気球商団の子にもらったあの笛も、俺にはどうも吹けないようだしなぁ…」


そう言いながら時計塔の番人は少年をじっと見つめて何か思いついたようでした。


「そうだ！君は風飼いだろう？もしかして、風飼いだったら、あの笛を吹くことができるかもしれんな！」


そう言いながら、机の引き出しを開け、ゴソゴソと中を引っ掻き回しています。


「あった、あった！コレだよ。
コレ、君がもらってくれないかい？」


それは手のひらほどの大きさの木でできた丸い笛でした。吹き口がいくつもついています。


「風切笛っていうんだそうだよ。大きな風を呼んで気球の乗る気流を変えたりするのに使うものらしい。
子どもの頃にな、あんまり俺がすげぇすげぇって騒いでたからか、その気球商団の子がくれたのさ。
それのおかげで嬉しい再会もあってな。

でもなぁ、俺が吹いてもちっともうまく音が出せなくてなあ。」


時計塔の番人はその再会がよほど嬉しかったのか、なにか幸せのお裾分けをしたいようでした。


「試すんだったら、あの、発電風機所の近くに療養所があるだろう？その先の草原は崖が近いから、うまくすれば風が呼べるんじゃないか？」





そうして貰った風切笛を試すために、少年は草原に来たのでした。



目の前の崖の向こうには、あのお機械さまがじぃっと佇む姿が遠く霞んで見えます。



それはまるで、あのおじいさんがじぃっと佇んでいるように感じられました。

「わしがな、おばあさんの命と引き換えに、お機械さまの命ともいえる部品を手放してしまったんだ。

だから、もう、お機械さまが動くことはないんじゃよ。」


そう言って、おじいさんはまた曇った窓の外を眺めます。
ただただ時間が過ぎてゆくのを待っているかのようでした。

「でも、なんか、気になるんだよなあ。」


そう言いながら少年は持っていた笛をポケットに入れ、代わりに草原を発つときに見つけた水晶花をポケットから取り出して、
その透明な石のような花びらを空に透かして見てみました。

○▽□▲＄‘’！！！！！

突然どすんと何かがぶつかってきたかと思うと、腕をぶんぶんと振り回されました。



「な、な、な、わ、あ、あ、あ、あ、」



見ると、おばあさんが何やら叫びながらものすごい勢いで少年の腕を振り回しています。


「あ、あ、あ、の、あ、の、」


やっとのことでおばあさんをふりほどくと、
少年は


「な、なんなんですかっ！」

と叫びました。



おばあさんは、自分の胸あたりを指差し、少年を指差し、今度はチョキの形で自分の目を指差し、少年をチョキで指差し、を繰り返しています。


「な、なんだよぅ…」


少年が泣きそうになっていると、



「おばあちゃーん！」


と叫びながら、一人の少女が走って来ました。



少女は肩で息をしながら、


「お、おばあちゃん、急に走っていっちゃうんだもん。…？どうしたの？」


と改めて状況を理解したようでした。



「あ、あの…」


おばあさんの猛烈なジェスチャーが続く中、不安げに少年は少女に何か教えてほしいといった顔つきで声をかけました。


「ああ…えっ？そうなの？へぇー。」


少女はおばあさんのジェスチャーを見て、少年を見て、ひとりで納得しています。


ポカンと口を開けたままの少年に気がついた少女はあははと笑って言いました。


「えーとね、おばあちゃん、あなたを見たって言ってる。」


「え、きみ、このおばあさんが言ってるコトバ、わかるの？」


「え？わかんないよ？」


「…。…え？」


「うん。わかんない。でも、そう言ってる。」


少女が自信たっぷりに腕を組み、おばあさんに「ね？」というように笑いかけると、
おばあさんもジェスチャーをやめて腕を組み、
得意そうな顔をして鼻を大きくふんと鳴らしました。


「おばあちゃん、それで？」


少女がおばあさんに話しかけると、
またもやおばあさんは猛烈なジェスチャーを始めました。


少年を指差し、お機械さまの方を指差し、発電風機所の方を指差し、チョキで自分の目を指差し、少年をチョキで指差します。


「ええっ！？ねえ、おばあちゃんね、
あなたがあっちの草原から来るところを見たって言ってる！」


そうしておばあさんは少年の手元に飛びかかり、少年の手に持っている水晶花を少女にぐいぐいと見せます。


「これ…あの草原に生えてる花なの？」


「う、うん。そうだよ。僕、この街に来る前にあの草原に寄ってから来たんだ。
これは、あの草原で摘んだ花…もぅ、離してよう。」


なんとか興奮しているおばあさんを少年から引き剥がし、少女も身振り手振りでおばあさんに聞きました。


「おばあちゃん、あの草原のこと、知ってるの？もしかして、あの草原から来たの？あの草原の人なの？」



おばあさんは、大きくぶぅんと頷きました。



そうしてキラキラと期待に満ちた目で少年を見つめています。

作　なんてね
　　ちょっぴりあんこぼーろ