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【小説】蝶はちいさきかぜをうむ その6




おじいさんのおじいさんのそのまたおじいさんが子どもだった頃。

広い草原には点々といくつもの家があり、遠くの方では翼馬の群が思い思いに草を食んでいました。

草原の村では、誰もがのんびりとその時々に必要なことをして暮らしていました。

誰かの家の壁が古くなって崩れればみんなで直したり、
草原に生えている花を集めてお茶を作ったり、
雲羊を育てたり、
1日かけて遠くの森へ出かけて山盛りの薪やケグの実を集めてきたり。


草原は高いところにあったので、まるで雲の上に浮かんだ島のようでした。

雲の上にあるので、いつも晴れ渡り、爽やかな風が吹き抜けています。


のどかな暮らしの中で困ることといえば、雨が降らないことでした。


そこで、丘の上のお機械さまを稼働させ、雨を呼んでいました。

草原にはいくつもの溝が作ってあります。
その溝を伝っていくと数箇所に井戸があります。


おじいさんのおじいさんのおじいさんのお父さんである、お機械さまの番人は草原の村の全ての井戸を丁寧にのぞき込み、こくりと小さく頷きました。

お機械さまの中に入り、顔の半分くらいの大きさのベルを持って出てくると高々と掲げて鳴らします。


がらーん がらがら がらーーーーーん


「おっ!そろそろかい?」

「うん。そろそろだね。さあ、頼むよ。」


たちまち村人たちはお祭りの準備を始めたかのように活気づきます。


男たちは、両手いっぱいの薪をどんどんお機械さまの前に積み上げていきます。

女たちは草原のあちこちで、小さな花を摘み始めます。これは水晶花です。半透明でうすく紫がかった花びらは石のように固く、まるで地面に刺さっているかのように塊になっています。

集めた水晶花は男たちによって細かく細かく粉よりも細かく砕かれていきます。

子どもたちは草原のあちこちから翼馬の乾燥した糞を集めてきました。


みんなでお機械さまの周りにあつまり、どんどん作業を進めていきます。


「おーい、今日はこれくらいでどうかな?」

水晶花を砕いていた男がみんなの作業を見て回っていた番人に声をかけました。


「うん。充分だよ。ありがとう。」

番人は水晶花の粉を受け取り、お機械さまの中に入っていきました。


粉の入った袋をそっと机に置き、シャツの胸元から首飾りのようにしていた鍵を取り出しました。

そうして部屋の奥にある鍵付きの引き出しをゆっくりと開けます。

中から柔らかい布に大切にくるまれた何かを取り出しました。

そっと包みを開くと中には、金でできた蕾のようなものが入っています。


細かい飾り彫が施された蕾のようなものを少しだけ開き、中に水晶花の粉をサラサラと入れていきます。


「おおーい。こっちは良さそうだぞー。」
外から声が聞こえました。

外では男たちが薪や翼馬の糞をお機械さまの側面にある窯にがんがんくべています。
窯の中ではオレンジ色や金色に光る炎がごうごうと音を立てながら踊っています。


外の窯で熱せられた蒸気ががっしゃんがっしゃんとピストンを動かす音が響き渡ります。


番人は金の蕾を部屋の中央にある大きな柱の
小さな扉を開け、輪っかの台座にそっと入れました。


「よろしくお願いします」


番人はひとりこくんと頷いてから外に出て、
再び大きなベルを がらーん がらがら 
と鳴らしました。



がっっっっっっちゃっっっっっんん

背丈ほどの大きさのレバーを下ろします。


金の蕾は柱の中をものすごいスピードで回りながら飛び上がり、てっぺんの大きな球体の真ん中の管もしゅこゎっ!とすり抜けて、
空高く飛び出しました。
この大きな球体が静電気を吸収してくれるので空に飛び出た金の蕾はふるふると所在なさげに震え始めます。


ぽん


空高く舞った金の蕾が弾けるように開きました。


中に入れてあった水晶花の粉は辺りいっぱいに舞い広がります。
透明の粒々は空の光を反射して、まるで空一面に光の花が咲いたようです。

空で開いた金の花はくるくるくるりと楽しそうに回りながらゆっくりと番人の掌に降りてきます。


さささーーーーーーっ


草原に風が吹き渡ります。
いつものようにサラリとした風ではなく、
どこか湿り気を帯びた草の匂いがします。


もくっもくもくっもくもくもくもくもくもく


みるみるうちに光の花があった場所にはどんどん雲が集まってきました。



ざ、ざ、ざ、ざーざざーーーーーー


草原いっぱいにキラキラと雨が降りしきります。

村人たちは歓声をあげながら雨の中で踊り始めました。どうやら夜が更けてもお祭り騒ぎは続きそうです。






お機械さまはおじいさんのおじいさんのそのまたおじいさんも知らないくらい、ずっと昔からそこにあり、そこにお機械さまがあったから村ができたと言ってもよかったでしょう。




ある頃から、崖の向こうにはふんだんに水があるらしい、と村人たちの間では憧れが強まっていきました。

「おい、聞いたかい?あの崖の向こうはお椀のような地形だろう。だから、水がいっくらでもあるらしいぞ。」

「じゃあ、いっくらでも水が使い放題ってわけだな。そんなうまい話あるかい?」

「まあ、行ってみねえと、わかんないけどな。」

「次に気球商団が来たときに乗せてもらうか…?」

そうして、50年に一度やって来る気球商団に乗せてもらってどんどん街へ移住していきました。


ひと家族、ふた家族と村人は減っていき、とうとう番人だけがこの草原に残りました。








「うん。だからね、このお機械さまは雨を呼ぶものなんだよ。風のことは、わしにはわからんなぁ。」


「でも、おかしいなぁ。風たちは、やっぱりここを気にしてるみたいなんだけど。
そうだ!このお機械さま、動かしてみてよ!」


「それがのぅ。」

おじいさんはさみしそうな困ったような顔をして窓の外をぼんやりと見つめて言いました。







「お機械さまは、もう動かないんじゃよ。」






作 なんてね
  ちょっぴりあんこぼーろ

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