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インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌の感想(ネタバレあり)

京都も緊急事態宣言で出かけにくく今年はまだ全く映画館で映画が観れていないので前回の自粛期間に書いた「パディントン2」に続いて生涯ベスト映画の感想を。今回は生涯ベスト音楽映画。

不幸を笑う映画

コーエン兄弟お馴染みのドライさがとても観ていて心地よい。
感動的なシーンになりそうな予感がした次の瞬間梯子を外され、乾いたコメディシーンに変わっていく。
ただそのドライさが逆に「どんな不幸も大した事じゃないんだよ」と言ってくれてるみたいで何故か優しい印象すらしてくるから不思議。

映画を観ていて「登場人物と感動を共有する事」で救われる様な感覚になる時もあるのだけど、この映画は逆で「登場人物の不幸を笑う」という事で自分の今抱えている悩みも突き放して考えると大した事じゃないし、違う目線で見たら滑稽に思えたりして、それはそれで現実を生きる大切な救いになるタイプの作品。自分を冷めて見る事が出来る映画。
ブルーレイに付いているメイキングのインタビューで主人公ルーウィンを演じたオスカー・アイザックが「僕が一番つらいシーンでもコーエン兄弟は笑ってくれる、それは理解できるという意味の笑いだ、どれだけつらいか分かるから笑ってしまう」と言ってる通り決して嘲笑っているのではなく「分かる」から笑ってしまう感覚。

音楽映画としての圧倒的なクオリティ

それでもそんな彼が父親の為に歌ったり、ラストにはかつて相棒と歌っていた曲を再び一人で歌いだす所はオスカー・アイザックの生身の歌の力がめちゃくちゃ凄いのもあり、しっかり感動してしまう。
ダメ人間だしとことんツイてないけど、歌いだした瞬間に空気が変わるカッコ良さ。
選曲のチョイスも良くて、その時の心情と絶妙に歌詞がリンクさせるのが上手い。ラストのライブのFare Thee Wellは彼の夢の終わりの最後の火花の様で聴くたびに感動してしまう。

他の演者さんも全く違和感なくその頃に居たプロミュージシャンを演じきれているし、どのライブシーンも文句なしにクオリティが高い。
めちゃくちゃ上手いのは大前提でほとんどの登場人物をドライで滑稽にも描いているので、どの演者さんにも愛着が湧いてしまう。

フォークソングの音楽史に関して僕は全く詳しくないので大した事も書けないのだけど、ラストのライブでの彼の夢は終わっても次の世代(ボブ・ディラン)へと引き継がれていき、新しい時代が始まっていくシーンの何とも言えない切なさ。とても好きだ。(ここもヤジを飛ばした事で自業自得で殴られている後ろでボブ・ディランの歌声が流れているし、なんとも滑稽にも感じるバランス)
デイヴ・ヴァン・ロンクというボブ・ディランが憧れたミュージシャンをモデルにはしているけど、決して伝記映画ではない。ボブ・ディランが時代を変える少し前にいた色んなミュージシャンをルーウィンに託して語っている。それが彼の様な夢破れた名もなき人達が確かにそこにいた事を証明しているみたいで感動する。

猫使いの巧みさ

猫映画としてもなかなか凄い。ルーウィンと一緒に何かをジッと見つめるシーンがちょこちょこあるのだけどちゃんと演技している様に見えるのが凄い。メイキングでコーエン兄弟が全然コントロール出来なくて大変だったと言ってたけどどんだけ猫待ちによってテイクを重ねたかを考えると気が遠くなりそう。

捕まらない猫とルーウィンの関係が、成功を掴めない彼の切実さと滑稽さを象徴しているみたいでこの映画のかなり重要な要素にもなっている。

ラストの教授の家の猫をちゃんと閉じ込める事が出来るシーンはサラッと描かれているけど彼が不幸の連鎖の中から成長があったのが分かってじんわりと感動する。

モノクロっぽい画作り

色彩がかなり低めの撮影がかつてそこにいた人達の記録映像的だし、「自分の夢が少しずつ破れていく日々」という誰にとっても理解できる普遍性のある物語にとても合っていたと思う。

この時期はコーエン兄弟おなじみのロジャー・ディーキンスが007の撮影でつかまらなかった為に、「アメリ」などのブリュノ・デルボネルが担当している。
「ハリーポッター」とかティム・バートン作品などファンタジー系の作品の撮影が多い人だけど、ちょっと寓話的な画作りが今作にはとてもマッチしていた思う。

登場人物

ルーウィン

ジーンの中絶手術料をその恋人から借りようとしている辺り、本当駄目な人。しかしなんとも飄々としていて決して自分を憐れんでいる様な男ではないのがとても好感が持てる。
「自分の音楽が世間に通じない現実」「友の自殺」「名前も知らない自分の子供」「認知症気味な父」「お金無い」「逃げる猫」などなどしんどい事ばかりなのだけど、「あーあ、またやっちゃった」みたいな顔をした後はクドクド引きずらず、あんまり深く絶望しない彼のスタンスが観ていてとても気持ちがいい。

演じたオスカー・アイザックがこの映画の魅力のかなり大きな部分を占めているのは間違いない。
まず超歌上手い。
この映画までこんなに上手いとは知らなかったので初見時は本当ビックリした。
ルーウィンという男は、他のミュージシャン全員を見下している様な奴なのだけど、それも納得出来る様な実力を体現しているオスカー・アイザックはマジで凄い。

演技力も流石で小さな表情の変化など、どのシーンでも絵になる。
新しいスターウォーズの方で後半から急にハンソロ的な色男ポジションに来ようとして失敗してたけど、僕はルーウィンの様な困り顔の駄目男の方がこの人には合っていると思う。

ジーン

とにかくルーウィンにまくし立てる姿がめちゃくちゃ良い。罵りの語彙の量が半端ない人。
このちょっと前の「ドライヴ」でオスカー・アイザックとは夫婦役だったけどそちらとは全く違う関係性のギャップにまた笑う。
しかし彼女からすればルーウィンの成功を願っているからこそ人間関係などで不器用にしか立ち回れない彼にイライラしてしまうのだろうなぁ。

ラスト彼をステージに上げる為に彼女がやった事の優しさと強かさ、そしてライブは観に来てないドライさ、とても味わい深い。

ジム

ミュージシャンとしてとても器用な人だし、人望もあるルーウィンとは真逆。
ルーウィンはミュージシャンとして結構見下してそうだけどジムは心底優しい男なので、なんだかんだでずっと友達関係になっているのが面白い。
その優しさに甘え彼女寝取った上にその中絶代を借りようとするルーウィンのクズっぷりの酷い事よ、、、。

演じているジャスティン・ティンバーレイク、もちろん歌が上手いのは言わずもがななのだけど、良い人すっとぼけ演技がめちゃくちゃ上手くて出てくる度になんかコミカルな空気になるのがたまらない。

アダム・ドライバー

殆ど出てないけどしっかり残る存在感。
最初のレコーディングシーンの低音練習してる所で既にめちゃくちゃ面白い。
ルーウィンと同じく売れなかった自分のレコードをソファーの横にしまってある所が切ない。こういうミュージシャンが沢山居たんだろうなぁ
まあでもヘイ、ミスター、ケネディの曲の印税入るっぽいし、彼の夢が少しでも好転するといいなあと願わずにはいられない。彼のスピンオフ観たい。

その他、感じが悪いジョン・グッドマンも最高だし、少ししか出なかったけどルーウィンの家族の皆さんも全員最高。あの甥っ子役の子、エイズグレードで確認出来て嬉しかったな。

「知ってる曲だと思う、古くて新しけりゃフォークソングだ」というルーウィンの台詞。

「夢の終わり」「大切な人の死」「ツイていない事ばかり続く日々」など、自分にしかない物語を誰にも共感できる普遍的に今の映画として語り直す、この作品そのものを表しているみたいだ。

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