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移行期医療の理想と現実〜小児在宅医療の現場から見えること〜(3)

2回目を作成してから4ヶ月、かなり時間が経ってしまいました・・。

1回目の記事では、
子どもから大人になる患者さんの移行の形には
1.完全に成人診療科に移行する
2.小児科と成人診療科の両方にかかる
3.小児科に継続して受診する

この3パターンがあることを前提に、発達などに問題が少なく、主に外来での治療を継続される方の一般的な課題について説明させていただきました。

そして2回目の記事では、
小児と成人の医療体制の根本的な違いを比較して説明させていただくとともに、今の移行期医療の議論が十数年前の小児在宅医療の推進期の状況に似た課題を抱えていることについて言及し、本人と家族のための移行期医療を考えねばならないということを強調させていただきました。

今回の記事では、特に重症心身障害児や医療的ケア児の移行期医療が抱える課題と、どのような移行が本人と家族のためなのかについて、考えてみたいと思います。
一部、2回目の記事の繰り返しになりますが、お付き合いください。

【この先起こる成人の病気のために移行すべき?】

小児科の先生が重症心身障害児や医療的ケア児の移行期医療の話をする際に、このように言われることがあります。

「小児科にずっとかかっていても、この先に起こる成人の病気は診ることができないから、成人の科に移行した方がい良いよ」

しかしこれは、一部では正しく、一部ではそうとも言えない、というのが私の考えです。

成人特有の病気への対応が小児科では難しい、それは確かでしょう。
ただ、現時点は生じていない病気を理由に成人の科に移行した方が良い、というのは、果たして本当に本人のためでしょうか?

2回目の記事にも書いたように、内科は小児科に比べると、かなり分業化が進んでいます。
そして、病院の小児科医は普段から、多くの領域にまたがる疾患や状態への専門家のアプローチの調整を行う場面が多く、総合診療的に患者さんの全体像を俯瞰して方針決定をしていくことが多いのに対して、成人ではその役割をかかりつけ医が行っていて、病院の主治医はあくまで専門分野の主治医である、という立ち位置のことが少なくありません。

例えば認知症の高齢者の方を例にすると・・。
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認知症でA病院の神経内科に通院中の方が発熱し、Bクリニックの医師が往診したところ、誤嚥性肺炎のため入院した方が良いと判断されました。
Bクリニックの医師A病院の地域連携室に連絡し、救急受診の依頼をしたところ、A病院の呼吸器内科が満床で対応できないため、他院を受診するように言われました。
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このように、特に都市部において、仮に病院へ受診していても、普段受診している科以外への救急受診が困難であることは、成人領域では日常茶飯事なのです。

ですから、重症心身障害児や医療的ケア児に現に入退院を繰り返している疾患があり、その分野について病院の成人の科に移行するということであれば、移行後の対応もしていただける可能性が高いとは言えるでしょうが、現時点で起こっていない分野のカバーを期待して移行することにどの程度メリットがあるかは疑問です。
(ただ、入退院を繰り返している疾患でも移行後の入院のハードルが高いことはあり、この点については後述します)

【認知症の方でも入院できているじゃない?】

「重症心身障害児と認知症の方と、何が違うの?」
「開業医の先生たちは、認知症の方でも入院先を見つけられるでしょ?」

・・これもよく言われます。
しかし実は、小児科医の先生方が考えているほど現実は甘くありません。

訪問診療を行っている認知症の方に入院が望ましい急性疾患が生じた場合、私たちは連携先の急性期病院の地域連携室などを通して入院の依頼を行います。
しかし、診療情報提供の段階で「認知症」と記載した途端、ハードルがドーンと高くなる・・
これは在宅医療をされている先生なら、多くの方が感じておられることと思います。

とはいえ、急性期病院の対応を責めるつもりは私にはありません。
日常的にものすごい激務をこなしておられる姿を見聞きするにつけ、
「現時点のマンパワーでは、対応に時間を取られる患者さんは受け入れられない」
という判断になるのは、ある程度仕方がないことと考えていますので・・。

ちなみに当クリニック周辺では、認知症の方の急性期病院での受け入れ困難な状況は、コロナ禍になってからとても強くなったように感じます。
その理由は個人の推測ですが・・。

1つ目に、感染対策を行う上で「指示に従ってもらいにくい」「常に介護を要する」というのは、とてもリスクであることが考えられます。
また2つ目に、本来ならできていた手術や検査などの診療をコロナ対応のために控えて延期してきたことなどから、急性期病院の業務自体が近年とんでもなく忙しい様子がうかがえます。

では、急性期病院で受け入れてもらえなかった認知症の方の診療はどうしているのか・・

方法は主に2つです。

1つ目は、急性期病院以外の病院への入院を検討することです。
もちろん、専門的医療の提供体制などは急性期病院より整っていないことが多いですが、連携先の病院では相当がんばって引き受けてくださっているところがあります。
ただ、重症心身障害児や医療的ケア児をそこへ移行できるかというと、相当ハードルが高いように感じます。

2つ目は、入院せずに在宅医療で治療を継続するという選択肢です。
例えば誤嚥性肺炎などであれば、入院せずに自宅で輸液と抗生剤投与などを行い治療することがあります。
ただしこれは、普段からの訪問診療の中で信頼関係が構築されているからできることです。
これまで関わりのない肺炎の患者さんから「自宅で治療をしてください」と言われても、できることとできないことやリスクの許容など、説明の上で納得をいただくことが難しいため、私をはじめ多くの在宅医療機関では飛び込み初診の往診はお断りしているのです。

【どんな移行が現実的なのか?】

このように成人の医療体制は、特に都市部では病院小児科の先生方が考えているような形ではないことが多く、決してリソースが潤沢ではありません。

では、重症心身障害児や医療的ケア児では、どんな移行が現実的なのでしょうか?
このシリーズで何度もお示しした「移行期医療の概念図」を改めてご覧ください。

「3.小児科に継続して受診する」はひとまず除いて考えます。
現実的に実施の可能性が高く、かつ患者さんとご家族、および医療提供側にとってメリットが大きい形
「2.小児科と成人領域科の両方にかかる」で、
「1.完全に成人診療科に移行する」は、1回目や2回目で書いたような条件に当てはまる例以外では、非常に困難であると思います。

移行期医療の話題に触れる時、重症心身障害児者や医療的ケア児のご家族が一様に心配されるのは、
「何かあった時に病院に受け入れてもらえるのか」
ほぼこの一点につきます。

病院の成人領域科の先生方も、自分たちで分からないことが出現した時の対応に不安を抱えられているケースがほとんどです。

そして、われわれ在宅医療の現場の人間からしても、認知症の方がそうであるように、どうしても成人領域科での入院先を見つけられない状況が高い確率であり得るという現実があります。

要は、みんな、
「どーーーーーーーーーしようもない時には小児科も協力するよ」
この一言が欲しいのです。

これを伝えると、病院小児科の先生からは、
「そんなことを言うと小児科から離れない人ばかりになるんじゃないか?」
と心配されることもあります。
しかし、そんなことはなく、むしろ逆であると私は考えています。

小児科から離れない人の大多数は、移行後が心配だから小児科にしがみつこうとするので、心配を払拭してあげることが移行の促進につながるのです

童心社HPより

そう、まさしく「北風と太陽」ですよね。

2回目にも書きましたが、移行期医療の議論では、「その移行が本人と家族のためなのか」という視点からぶれないことが大切です。

しかし現実には、これまで書いてきたように、病院小児科の先生方にはあまり気付いてもらっていない成人医療と小児科医療の違いが存在し、それが議論の噛み合わない状況が続く一因であると感じています。

そして、小児期から成人期への移行期医療は、小児科と成人領域科との間での連携があってこそ成り立つものですよね。

【連携って何だろう・・】

2回目にも出したスライドで、私が繰り返し講演で出すものがこちらです。

1)同じ目的を共有していること
2)互いに連絡を取りあっていること
3)協力して物事に取り組んでいること

これら3つの要素が揃った移行期医療の形を作っていくこと、これが非常に大切であると考えています。

重症心身障害児や医療的ケア児の移行期医療への課題感は、実は地域によって相当異なります
例えば、地方都市においては、そもそも医療的ケア児に対応できる病院が医療圏に1カ所しかないため、院内での移行はあり得ても病院間の移行という考え自体があり得ないような地域もあります。
どちらかというと、重症心身障害児や医療的ケア児の移行期医療の議論が活発なのは、大都市圏なのです。

さらに、大都市圏と一口に言っても、私が知る限りだけでも関東と関西では医療リソースに大きな差がありますし、同じ進め方ができるとは思えません。

地域ごとに、地域にあった形を作っていく
決して小児科側から一方的に押し出す形にせず、成人領域の科の医師や在宅医療を支える医療福祉職など、地域全体を巻き込んで仲間を増やす議論を積み重ねていく

こういった地道な活動の先に、先に挙げた3つの連携の要素が揃った移行期医療の形ができあがるのではないかと夢想しています。
またそのために、新生児科と成人領域科のハイブリッド的存在である私も、地域のチームの一員として連携させていただきたいと考えております。

以上、3回に分けたシリーズの最後までお付き合いいただきありがとうございます。
ご意見やご感想などはコメント欄からお寄せください。
よりよい移行期医療の実現のために、一緒に考えさせていただきたいと思いますので、よろしくお願い申し上げます。


※「きたかぜとたいよう」の絵本は私も好きで、画像は童心社HPより使用させていただきました。もし問題がありましたらご連絡ください。

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