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移行期医療の理想と現実〜小児在宅医療の現場から見えること〜(1)

2022年11月29日、NHKのウェブニュースにこのような記事が掲載されました。
(下の写真をクリックで本文が読めます)

この記事の中にもある通り、小児期に発症した疾患をもつ大人の患者さんが、何歳になっても小児科に通い続けなければならない状況について、長らく小児科医の間では議論が続けられています。

日本小児科学会は、
「小児期発症疾患を有する患者の移行期医療に関する提言」
という文書を作成し、HPに公開しています。
これは皆さんにぜひ一度、全体に目を通していただきたい文書で、その中にはこんな図が載っています。

この図のように、子どもから大人になる患者さんの移行の形には
1.完全に成人診療科に移行する
2.小児科と成人診療科の両方にかかる
3.小児科に継続して受診する

と、3パターンあると示されています。

このあたりについて、今回は少し深掘りして考えてみたいと思います。

【長年小児科に通う大人の患者さん】

例えば私が以前勤務していた病院では、小児科に通い続けている40代の患者さんがおられました。
この方は、普段は普通に仕事をして日常生活を送っておられる様子でしたが、子どもの頃に発症したある疾患のために、毎月定期的に病院で注射をする必要がありました。
また、年に数回程度、調子が悪くなると、1週間以内の入院を必要とすることがありました。
長年、小児科の外来と病棟でこの方への医療を提供していたわけです。

大人の患者さんが小児科に通い続けているケースは、実はそれほど稀ではありません。
一般的に、病院の小児科は15歳未満(もしくは中学生まで)を対象として診療していることが多いのですが、先ほどのNHKの記事の神奈川県立こども医療センターでは、20歳以上の外来患者がおよそ2300人で全体の7%を占めると書かれています。

なぜこのようなことが起こってきているのか・・。
理由はいろいろありますが、大きく分けると3つの要素があるように感じます。

(理由①)小児医療の進歩によって、さまざまな疾患を克服して、あるいは疾患とともに歩みながら、大人になる方が増えたこと。

(理由②)小児期に発症する疾患の多くは成人領域の医師にはなじみがないものが多いため、成人領域の医師に引き受け手を見つけるのが難しいこと。

(理由③)私はこれが一番大事ではないかと感じているのですが・・。
小児科への通院継続と成人領域の科への移行を天秤にかけた時、成人期を迎える患者さんとその家族にとって、移行にメリットを感じにくい場面が少なくないこと。

以下、少し場面を切り分けて考えてみたいと思います。

【大人にもある単一の疾患の方の外来移行】

例えば、1型糖尿病などがそれにあたります。
1型糖尿病は小児期発症のケースも多いですが、成人期に発症する場合もあり、インスリン自己注射を中心とした治療や長期的な健康管理についても、「糖尿病内科」などの成人領域の先生にノウハウはあります。

このような単一の疾患で他の疾患などの合併がなく、1つの科の外来管理のみで引き継ぎ可能な場合、(理由②)の成人領域の引き継ぎ先の医師が見つかりにくい、ということは比較的起こりにくいと言えます。
また、ほとんどのことを外来のみで対応できる方では、場合によっては病院から開業医への管理移行を検討されることもあるでしょう。
移行が難しい場合には、どちらかというと、長年親しんでいる小児科医から離れることへの不安など、(理由③)をどう解決していくのか、こちらがメインの課題になりそうです。

下に先ほどの図を再掲します。
1. の形を比較的とりやすいのは、このカテゴリーではないかと感じます。

【大人には珍しい単一の疾患の方の外来移行】

例えば、今回のNHKの記事のような先天性心疾患の術後などがそれにあたります。
成人領域にも「循環器内科」という科はありますが、成人では冠動脈疾患や不整脈、慢性心不全などが主な対象であり、先天性心疾患のフォローアップに長けている医師は多くありません。

しかし最近、こういった疾患の移行期医療に関心を持ってくださる成人領域の先生が少しずつ増えてきています
特に、プライマリ・ケアや総合診療に関する学会や研究会では、移行期医療に関するセッションは近年増えてきており、私も壇上にお呼びいただくことがちょこちょこあったりします。
こういう場での議論を伺っていると、成人領域の先生の不得意な分野を小児科医がカバーしながら、受け皿を増やしていく方策は、色々と考えられるように感じます。
そのためには、小児科医と成人領域の医師との間で顔の見える関係を作り、お互い気軽に相談ができるような形ができることが望ましいですね。

先ほどの図の再掲です。
このカテゴリーでは、場合によって1.〜3. の全てが選択肢になり得るのではないかと思います。

【複数の疾患を持つ方の外来移行】

では、複数の疾患をもつ方ではどうでしょうか。

ほとんど入院の必要のない方の外来の移行であれば、上述の通り、プライマリ・ケア医や総合診療医の先生方が関わろうとする機運が高まってきています。
そういった医師にかかりつけ医になってもらうことができれば、普段は全身を総合的に診察してもらい、入院が必要なことが起きた場合には病院を紹介してもらうような形を作れるでしょう。

また、各領域の専門の医師に疾患ごとに別々に引き継いで診療してもらうことも考えられます。
場合によっては、成人領域の先生で対応が難しい領域を小児科医が診療し続けて、それ以外の領域を移行する、という形も選択肢です。
これにもやはり、小児科医と成人領域の医師との間での連携によって、相談ができる形が理想ですね。

またまた例の図です。
このカテゴリーでは、複数ある疾患がどのようなものかによって、移行の形がかなり変わってくるのではないでしょうか。
当クリニックは訪問診療専門なので、外来ではないですが、我々に移行の依頼があるような方では、全部の疾患を移行することは難しく、病院の小児科と併走していく2. のパターンになるケースが多い印象を持ちます。

以上、ここまでは外来での診療の移行について説明してきました。

これは私個人の意見ですが・・。
特に発達などの問題がなく、慢性疾患の管理を外来で継続することが必要な方の場合には、ずっと小児科に通うことで、大人としての自己管理の意識を希薄にしてしまう問題や、高血圧やがんなどの成人に多い疾患を発症した時に小児科で対応できることは少ないことなどから、1. または2. の形で、ある程度の年齢で成人領域の科へ移行するメリットはあるだろうと考えています。

【入院を要する可能性の高い方の移行】

しかし、ことが複雑で色々と問題となりがちなのは、単一の疾患でも複数の疾患でも、入院をちょこちょこと要する状態になる方が成人期を迎えた場合の対応です。
外来だけで話がほぼ完結するケースに比べると、考えなければならないことが格段に増えます。

単一の疾患でも、その疾患に関わる体調変化に対応するために入院を繰り返す方。
あるいは、肺炎や尿路感染症などのたびに入院を必要とする重症心身障害児者の方。

こういった方の場合には、体調の良い時の管理だけでなく、体調が悪くなった時に誰がどれだけ対応できるのか、ということが大きな問題になります。

この点に関しては、長年在宅医療に関わっている中で、色々と感じてきたことがあります。
・・今回は長くなりましたので、次回以降はそこにフォーカスを当ててみたいと思います。


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