地域を変えたいなら「突き抜けるな!」
【はじめに】
私はもともと新生児科医です。
NICUで働いているうちに、障害を持った子どもや医療的ケアを要する子どもが退院した後、自宅で大変な生活を送っていることを知り、在宅医療の世界に飛び込もうと決意しました。
そして勉強をしているうちに、
「子どもはいずれ成人するのに、在宅医療に小児も成人もない。
どうせやるなら両方できるような医師になろう」
と考え、0歳から100歳超の方までを対象に、年齢や疾患に関わらず質の高い在宅医療を提供できるクリニックを開業しようと決めたのです。
・・というのも今は昔。
今、私のクリニックは開業10年目。
年の瀬に今年を振り返ると、「講演の依頼がかなり減ったなー」と感じます。
そしてその代わりに、私以外の方が小児在宅医療に関して話されるのを聴く機会が増えたのです。
これには、私はちょっと感慨深い気持ちを持っています。
【地域の一員としてのクリニックの立ち位置】
私は開業当初から、小児在宅医療の裾野を広げることを大きな目標としてきました。
10年前、この地域にはすでに、医療的ケア児に往診や訪問診療をしてくれている成人領域の在宅療養支援診療所や、訪問看護ステーションが何軒かありました。
このような方に支えられている子どもと家族は少なくなく、私はその中の一員として、医師一人、事務員一人だけの体制でクリニックを開業しました。
その後、だんだんメンバーが集まってくれて、今のような複数医師体制を築くことができ、提供できる医療の幅も広がってきています。
在宅医療は多職種連携がキモである、というのは、前回のnoteに書かせていただきました。
その連携を簡単にする方法としては、多くの職種を自分の事業所で抱えることが一つの選択肢で、実際にそういう形で運営されている在宅療養支援診療所も数多くあります。
この形では、同じ空間で常に、職種を超えてリアルタイムに情報共有が可能なことが、大きなメリットです。
しかし、私は一貫して、自分のクリニックでは訪問看護を行ったり、あるいは相談支援事業所を併設したりというような、訪問診療以外の仕事を自分で始めるつもりはありませんでした。
その理由は、他の方から私の仕事を見た時に、
「かがやきクリニックだからできるけど、うちでは無理だ」
と思われる形には絶対にしたくなかったからです。
そう思われてしまうと、裾野を広げるどころか。今まで関わってきてくださった方々を遠ざけてしまうことにも繋がりかねませんから・・。
【「ちょっとだけがんばればできる小児在宅医療」】
これが、開業以来ずっと使い続けている私の合い言葉です。
あまりに突き抜けたことをやって、それを見て「自分には無理だ」と思うような人が地域に増えてしまうと、仲間が増えていきません。
新しいことを始め、地域に仲間を増やすには、自分が突き抜けてオンリーワンになるのではなく、
「これくらいなら自分でもできそうだ」
と感じてもらう必要があると思うのです。
同じ100のことを地域に提供するとして、1人が100のことをやる形より、100人が1ずつのことをやる形の方が、新しい取り組みが根付いていく可能性が高いと思いませんか?
突き抜けた人の真似はハードルが高いですが、「これくらいならやれそう」な人の真似は勇気ひとつ。
100のことをできる人を2人にして200を目指すより、1のことから2のことができるようになる、あるいは1のことをやる100人を少しずつ増やしてだんだん200人にする方が容易いのです。
そして同時に、100のことを一人でやっている人が破綻すると、その地域への影響はとても大きいことも無視できません。
「在ること」が当たり前になった世の中は、元にはそう簡単に戻れないので、地域にこれまでになかった新たなことを始め、そしてそれを地域になくてはならないものにしていく場合には、永続性への責任は大きいと私は考えています。
そのためには、一人で全てを抱え込む形ではなく、頼り先が必要なのは言うまでもありません。
さらにもう一つ、重要なことがあります。
裾野が広がり仲間が増えることで、単純に「早い時期から珍しいことをしていた」ことによる評価は受けがたくなっていきます。
100を1人でやってしまう、誰も真似できないオンリーワンの存在であれば、相当努力をして自分たちを高めていかないと、ずっと同じレベルに停滞していてもオンリーワンのままなのです。
しかし、1のことを100人でやる形であれば、時とともに新しい力の刺激が加わります。
早い時期に始めた者も、こういう仲間の出現により、さらに知識や経験を共有することができるようになります。
ですから、最初に突き抜けたことを1人でやろうとしなくても、仲間が増えれば自ずとその地域のレベルは上がり、自分も変わらざるを得ない状況が生まれていく・・。
私が「地域を変えたいなら突き抜けるな!」と考えているのはこういった理由、言わば「急がば回れ」の精神からなのです。
もちろん、全く新しい未開の荒野のような分野を一から切り開くには、突き抜けることが必要な場合もあるでしょうし、それをうまくやるだけの力と、長年にわたり進化し続ける努力を継続できる胆力、この両方を持つ方もおられるでしょう。
しかし、私にはそんな根性はありません。
だから、凡人でもできる、周りとの連携を軸にした形の提案、これにこだわってきたのです。
ここまでやってこられたのは、取り組みに賛同してくれる職員が増えたから、そして「ちょっとだけがんばる」多職種の方が地域に増えてくださって、支えてもらう形ができてきたからだと思います。
そして、私が講演に呼ばれるよりも、他の方のお話しを聴く機会が増えているというのは、それだけ地域がこの分野において成熟してきたからであり、私が願っている形になってきた・・と嬉しく思う開業10年目の年の瀬です。
こんな私の経験が、これからご自分の地域で新しいことを始めようと考えている方のご参考になれば幸いです。