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短編小説『風の祝福』

「翼」

愛を知り、愛を高らかに謡うものには、翼が生えるのだという。

古代人の背中には、みな翼が生えていた。
世界が愛に満ちていたゆえに。
愛する力を失って久しい私たちの背中には、翼の生えていた痕があるだけ。

けれども稀に、翼を取り戻す人間もいるという。
その人間は、愛を知り、愛を高らかに謡うことができる、選ばれた人間なのだと。

みんなは翼を持つことに、憧れているけれど、私は別に、翼なんていらない。

世界は「愛」を標榜している。
愛し愛されることが、幸福であると説く。
人を愛することのできない人間は、人間ですらないかのようにとられることもある。
愛を知らない人間は、可哀相な人間だって。淋しい人間だって。

私は人を愛することも人に愛されることも知らない。
けれども睦み合うことが、最上の愛の形であるとは到底思えない。

人間は絶望的なまでに嘘吐きで、卑怯で、醜い。
だから美しい衣装を纏い、名誉を追い求め、綺麗に綺麗に、自分たちを飾り立てる。

飾り立てられたものは、偽者であると思っていい。
けれど私は醜さを隠そうとする行為には、愛着を覚える。
悲しいから。とても、悲しいから。

偽者は愛しい。
悲しい行為は愛しい。

人は淋しい生き物で、一人ぼっちでは生きられないなんて大嘘だ。
一人だって歩ける。足がなければ這ってでも生きる。
生きる意志があれば、なんだってする。

言葉も文字も道具もなくても、生きる。
本能のみでも生きる。誰にも何も教わらなくても、生きる。

それは確かに人の行為である。
あとはみんな、些細なことなんじゃないかって、思うときもある。

私はひとりぼっちで、誰にも理解されない。
ふと、当然のことだと思った。

私とあなたは別の人間。
持っている言葉も、見ている世界も、違う。
似ているようで、全然違う。

自分と誰かが「同じ」だと思いこんで、一緒になってもね、幸せなんかになれやしない。

ああでも、醜くて、小さくて、卑怯で、悲しいから、守りたいと思うなら、
もしかしたら、ねえ。

私はひとりぼっちだけれど、背中に翼を持っている。

欲しいと思ったわけでもないのに、ある日見つけた。
自分の背中に白い翼を。

向かい風に乗せて大きくはためいてみせるのに、誰にも見えていないみたい。でも別に、私に見えているのだから、構いはしないんだ。

背にした孤独が私の翼。

歌うなら絶望のうた。

だから

私はいつでも私のために、微笑むことができる。


「風」

誰もなんにも知らないと思って、歌なんか歌って、君はいつも、ほんとうに陽気だね。

風が耳元で囁いた。

あら風さん、私が陽気だなんて、そんなことないわ。
だって悲しいから歌うのだもの。

風は笑った。

悲しいだって?何が悲しい?人が死ぬこと?季節がうつろうこと?景色が変わっていくこと?
君だって僕から見るのならね、あっというまに死んでいってしまう。
君がいた証しである景色もね、あっというまに消えてなくなってしまう。
今ここで君が泣いていようと笑っていようと、何も変わりはしないよ。
だってすべてが、変わっていってしまうから。

僕はいつも、悲しいような嬉しいような気になるんだ。
ああだって、さよならなんかに構ってられやしない。新しい出会いが僕を待っているんだものね。

それでも悲しいときは叫んで、暴れて、気がつくと忘れているよ。
―――君は何が悲しいんだい?

私は苦笑した。

きっと風さんには、とっても小さなこと。
でも私には悲しいこと。

いいわ。歌うわ。
わからなくてもいいわ。
聞いていてちょうだい。ね?

風が運ぶもの。
流転の日々。未来。自由。
少しね、執着がないのは、ズルい気がする。
羨ましい気もする。

風になりたい。
なったらなったで、なりたいと思っていたことも、忘れてしまうんだろうな。


「はんぶんこ」

ひとりぼっちで淋しいんです。
砂漠に捨てられて泣いている男の子に、捕まった。

可哀相に。
朝が来たら今凍えるような砂漠も灼熱になって、長くは生きられないんじゃないか。

翼をください。
あなたの翼をわけてください。
懇願するので、私は気前良く頷いた。

そうね、はんぶんこ。
あなたに半分わけてあげるわ。

男の子は驚いて、目をみはった。

くれるの?
でもくれたら、あなたは飛べなくなってしまうんじゃないの?

飛べるか飛べないかなんて、私にとってはたいして問題じゃないのよ。

あなたがひとりぼっちで、悲しくて死んでしまうのが可哀相で。
半分でも翼を持って、あなたが幸せなら、その方がいいわ。

はい

と、私は翼をわけてあげた。

彼は生まれてはじめて物をもらったみたいな、宝物を扱う丁寧さで受けとって、私のはんぶんの翼を、じっと眺めた。

眺めててもしょうがないのよ。
背中につけてね。
飛べないけれど、元気にはなれるかも。

そうそう、元気を出して!
お星様も見てるわ。

じゃあね、私はもう飛べないから、歩いて街にでも向かおうと思うわ。
あなたもよかったらついてらっしゃいな。

私は歩き出した。
街へは星が導いてくれる。

男の子がついてきた。

うんそう、歩いておいで。歩けるなら大丈夫。

ひとりで空を飛んでるより、ひとりぼっちの誰かに翼をわけてあげて、一緒に歩くほうが、私の性にあっている。

もしかしたらね、私の淋しさも、はんぶんこ、ね。
わけてあげたようでいて、助けてもらってもいるような。

はんぶんこ。


(大学時代の作品より)

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