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『精霊の残り火』第二話

「この星と歌う、最後の歌を」外伝 ~後日譚~
『精霊の残り火』

第二話 水の怪

先週のことになる。
隼人のアパートの下の階の住人と、その相棒の父の年の離れた弟とに、僕が、わざわざ都市部まで呼び出された理由を聞きに、隼人と向かう。
部屋に入ると、下の階には広い庭がついていて、大きな窓からそこにつながっていて、光に満ちた聖堂のような空間になっていた。庭で育てたらしいハーブが干してあったり、大きな水晶玉がいくつも配置されていたり、五芒星のタペストリーがあるのが、魔法使いの部屋らしい。
「海斗くん、でっかくなったね」
一階の住人、魔法使いで家庭科教師の星月 浩太。
フェアリードクターの子孫、父の弟子。僕の兄弟子。
ふんわりとした栗色の髪。深い緑の瞳。
僕より年上だけど、可愛げで満ち溢れていて、いつも笑顔で、やさしくて、男性的ないかめしさのない、中性的な雰囲気だ。
料理研究家だからか、遊びに行くと、しょっちゅう台所にこもっている。
料理をしている背中を見ると、つい、お母さんと呼びたくなる。そういう人。
「でかくなりすぎだ」
父の年の離れた弟、社会科教師の不破 廉。
浩太さんとは、中学時代からの親友だとか。
ただの人。ぴしっとしている。普段から、背広と、眼鏡の男。ラフな格好そしているのを、見ない。
父の弟なのに、魔法使い的な感性とか、直感とか、皆無。理性と理論で、できている。すぐに常識人ぶるが、僕から見たら魔法使いと同類だと思う。
だから八年前の失踪後、父から手紙で、魔法的側面をカミングアウトされたとき、死ぬほどショックを受けて寝込んだらしい。
今は、お屋敷に残された、父の作った、大量のあらゆる魔法道具を、誰よりも使いこなしている。
「隼人くんとおんなじくらいだ。二人とも、良く育ったなあ」
浩太さんが感慨深く言って、目を細める。
最後に、浩太さんと廉さんに会ったのは十三、四歳の頃だった。確かに、そのときよりでかくなっている。なりすぎだ。自分でもそう思う。
二人より、でかくなるなんて。
「で、田舎に引っ込んでた海斗を、こんな場所まで呼んだのには、わけがあるんですよね?」
隼人は、二人に対しては、昔から敬語だった。
「僕たちじゃ、手に余る問題でね」
浩太さんの話を要約するとこうだ。
不破家が理事を務める学園には、昔からなぜか、少し変わった感性の生徒が多く、旧不破本家の跡地でもあることから、普通じゃない事件が多発していた。
大学に星治がいる間は、とくに問題なかったのだが、彼が失踪してから、歌が響き渡るまでの間、廉さんと浩太さんが、ひっきりなしに事件に当たらなければならないほど、いろいろあったらしい。
それらは、学園内、学園の生徒たち、だけの間で起きていて、二人が介入すれば収まり、大事になったりしなかった。
しかし、地球が狂気に見舞われて、魔法の歌でそれが終わった後、問題は学園外でも起きるようになり、対象も、無差別になった。
浩太さん、廉さんだけでは、とてもじゃないが、事件を解決できず、父に相談するも、父はもう、力を失ってしまっていて、役には立てないから、双子を頼って欲しいと言われたと。
「今のところ、三か所で、水の害が出ているんだ。川が逆流してきて橋にいた人たちが川におちそうになった。それから、二か所で下水が逆流してマンホールを持ち上げて汚水をまき散らした」
どこもどれも、学園も生徒も、関係ない。
警察の手に委ねればよいのだろうけれど、もし、相手が人外の場合、解決の糸口を見つけられるかどうか。
「学園と関わる事件なら、責任をもって解決するところなんだが。俺たちの手から離れたところで起きているからな」
ほっておけばいいんだろうが、と、廉さんは顎を撫でた。
「事件が起きた現場に行くとね、気配がするんだ。すごく、懐かしい気配が」
浩太さんが、そういう理由で、ほっておけなかったというわけか。
「もしかしたら、星治さんの魔法でなら、わかるんじゃないかって思ったんだけど。まさか、引退なさっていたなんてね」
「それで父さんが、俺たちを推薦してきたと」
「うん、そうんなんだ。これ、事件として依頼、引き受けてくれるかい? 大したことないけど、お礼も出すから」
僕は、恥ずかしながら、父からお小遣いをもらって動いている身なので、つい、くいついてしまった。
「それは助かります。アルバイトみたいなイメージで、いいんですか?」
「うーん、もしかしたら、ほっとくと人の身に危険が及ぶ可能性もある事件だからね、もうちょっと重く受けて欲しいかな」
「重くですか」
「海斗、引き受けようぜ。お前の魔法が役に立つし。いいんじゃないか?」
隼人が、僕の背中をバンバン叩いた。
「そうだね。気を引き締めて、引き受けさせてもらいます」


その事件に対し、なんら責任を負っているわけでもない教師二人から、受けた依頼。
仕事なのだから、僕は、責任をもって解決しないと。

早々に、事件が起きた三か所を回ってみた。
水の精の気配が強く残っていた。そんなに強い精霊でもない。
僕が信頼している高位の水の精霊を呼び出し、その精霊に痕跡を追ってもらって、一人の精霊にたどり着いた。
連れてきてもらって、話を聞いてみると、呼ばれたから水をあふれさせた、という。
呼んだ存在が気になったが、次に呼ばれても来ないと約束させ、精霊界に帰る手伝いをしてあげたので、その件は、解決したと、僕は思った。

だから隼人に、そう告げたのだけれど。
その夜、隼人が、大通りでマンホールが持ち上がり、汚水が降り注ぐ事件に遭遇した。
何ひとつ解決していないことが判明。

気を取り直し、翌日、隼人と一緒に昨夜事件があった現場に向かう。
「ここだ、ここ」
人通りの多い、駅前と繁華街を結ぶ大通りだ。
「汚水は洗い流されて、マンホールも、もとに戻っているみたいだな。事件の痕跡はないか?」
「うん、周囲に色濃く、多数の水の精霊たちの、気配の痕跡が残ってる」
この間の三つの事件を引き起こしていた精霊とは、どの気配も別物だ。
ふと、目をやると、
「うん?」
「隼人の額に、五芒星が光ってる」
八年前の事件を思い出し、嫌な気になりつつ。
「精霊の気配に、反応してるのか?」
「わからん。ただ、なんとなくこっちが気になる」
隼人は、昔ながらの民家が多い、ブロック塀の狭い小道に入っていった。
「ここ」
カーブになる手前で、足を止め、アスファルトを指さした。
僕は言葉を失う。
「お父さんの魔法の気配より、高濃度の魔法エネルギーが、なんでこんなところに?」
この、ただの道端にあるのは、かなり小さいけれどれっきとした魔法の痕跡だ。浩太さんの言っていた、懐かしい気配、というのは、これだと、僕にもわかった。
西洋の魔法の純粋な、というか、混じりけのない高密度な魔法エネルギー。
父の魔法に近いが、それよりもっと古い、もっと密度の濃いもの。
つまり、マーリンが魔法の法則を地球に刻む前の、純然たる魔法のエネルギーだ。
こんなに密度の濃い魔法エネルギーを感じたのは、はじめて。
もしや、僕や、父を超える、古の魔法使いが、この日本に?
もっとも純粋に生まれつくと言われた魔法のこどもの僕よりも、濃くて強い古の魔法の力を扱えるだなんて、一体どんな人なんだろう。
敵なのか、味方なのか。
事件が無差別に起きているのを思うと、ぞっとする。
「おい、この塀のところ」
隼人がまた何かを見つけた。警察犬みたいだな。
魔法エネルギーがあった、三メートルくらい先の塀に、べっとり、泥がついている。
僕らの腰より低い位置にあって、子供の手形のように見える。
「子供?」
目を閉じて感覚を研ぎ澄ませ、泥に触れてみると、泥が穢れているからか、気配がかなり読みにくい。精霊の気配と、魔法の気配が、まじりあっている感じがする。
小さな子供が、なんらかの異常で魔法の力を得て、暴走させたとか。
いやしかし、マーリンの魔法より強い魔法って、どんなだ?

僕は事件を解決するどころか、ろくな推理すらできない。
情けなくなってきた。

つづき↓
第三話 https://note.com/nanohanarenge/n/nd427b292aafa


本編「この星と歌う、最後の歌を」はこちら


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