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『精霊の残り火』第四話

「この星と歌う、最後の歌を」外伝 ~後日譚~
『精霊の残り火』

第四話 アンジェリカ

数百年も静かだった森の奥にいて、人の気配を感じたのは初めてだった。
松明の灯りが深く暗い森でも、よく見える。人の数は、十を超えるだろうか。すごくいい香りがして、近くにやさしい人間もいるのがわかって、安心して、そっちに向かおうとする。
「ダメ。そっちにいったら捕まる」
急に抱えあげられて、商人風の誰かが、耳元でささやいた。
たとえずっと水浴びできていなくても、どんなに汚れていても、こっちの人のほうが甘くていい匂いだ。
ユニコーンのこどもは、おとなしく抱えられたまま、うなずいた。
「いい子。おとなしくしていてね。僕、人の気配から遠ざかるのは、得意だからさ。君を抱えたままより、走ったほうが早い。ついてこれるかい?」
僕と言っても、この人は女性だ。
「おいで」
身を低め、足音を消して、一人と一匹は、かがり火の包囲網を抜け、ひと気のない洞窟までたどり着いた。
「よし、もう、捕まらないよ。今日はここで休もうね」
『ありがとう』
こどものユニコーンが心でお礼を言うと、商人風の男装の女性は、からっとした笑顔を見せた。
「通りがかりに、ユニコーンの伝承のある森の奥地で、古くから伝わるユニコーン狩りをするってきいてね、ほっておけなかったんだ。気にしないで」
『君、僕の声聞こえるの?』
「ああ、そうか。普通は聞こえないんだ。そうだね。僕は、魔女だからね」
本当の名前は、アンジェリカ。偽の名前なら、いくつでもある。そういって、自嘲気味に笑い、うつむく。
「僕も狩られる側の身なんだ」
アンジェリカは、ユニコーンの頭をやさしく撫でた。
「君は、もう大丈夫。狩りは、失敗で終わって、ユニコーンはどこにもいないってなって、こんな山奥まで、人もこないだろ」
アンジェリカは、生まれつき、死者の声がはっきりと聞こえた。妖精たちも見えた。
秘密にすることで、魔女狩りの対象にはならずに済んでいたのだが、あるとき親友が殺され、死んだ彼女の恨みをはらすべく犯人を聞いて告発したところ、魔女だと密告され、捕まるまえに、たくさんの死者に助けられて逃げおおせた。
それから、生きるために男装し、商人になりすましている。
直感の鋭さも頭の回転のよさもあり、それが商売の才につながって、遠く広く各地で交易をすることで、生計をたてることができていた。
「僕はこれから海を渡って、魔女狩りのない土地へ逃げるんだ」
『僕も!』
「え?」
『僕も、ユニコーン狩りのない土地へ逃げるんだ』
ついてくる気かい? と言われ、ユニコーンのこどもは、大きくうなずいた。

純粋な魔法の力でできているユニコーンは、大きくなると捕まりやすくなるからと、自ら時を止め、外見を毛の長い犬に見えるように変え、ユニコーン狩りをする人間がいない、他の大陸を、アンジェリカと目指すことにした。
ユニコーン狩りのない、魔女狩りのない、遠い異国へ。
二人は、ともに旅をすることに、決めた。

旅の途中で何度か、火あぶりされる人たちを目にした。たくさんの人がきができていて、中心は、火あぶりされる魔女たちだった。
そんな夜は宿でベッドに入っても、アンジェリカは震えがはしり、眠れなかった。
『大丈夫だよ』
ユニコーンが声をかけても、アンジェリカは震えが止まらない。
「僕は怖いんだ。人が、そして、神様が」
アンジェリカの両親は、信仰深い質だった。
アンジェリカも、その気質を受け継いでいて、追われるまでは、周囲の見本になるくらい敬虔な信者だった。
「どうして、僕は、神様から嫌われてしまったんだろうね。真面目に生きます。普通に生きます。だから、許してくださいって、何度も何度も祈ったのに」
『怖いの?』
「怖いんだ」
『怖くないよ、何も怖くないよ。僕が守ってあげるよ。だから、怖いの飛んでけだよ』
ユニコーンは、角が当たらないように気を付けながら、頭でアンジェリカを何度もすりすりした。
アンジェリカは首にぎゅっとして、涙を流し続けた。

二人は、港から最も遠い場所へ行く船を探した。
いくつかの寄港地でも、魔女狩りをする可能性のある信者の数が多く見て取れたので、もっと遠く、もっと遠くと乗り継ぐうちに、日本にたどりついた。しかし日本にたどり着いてすぐ、アンジェリカとユニコーンは、はぐれてしまって、お互いを探し合ううちに月日は流れていってしまった。

日本はようやく大きな戦が終わって、太平の世を迎えようとしていた。
そんなご時世で、武士のひとりが、しょんぼりさ迷い歩くユニコーンを保護し、何も食べなくても生き続ける、犬のようで犬じゃない珍しい動物だからと将軍に献上した。
ユニコーンは、将軍に対面したとき、アンジェリカと、少しだけ似た空気を感じた。やさしいのに、強いのに、多くを恐れながらも、多くを成した人の気配。それゆえに、孤独でもある。
将軍は、ユニコーンを「白手毬」と名付け、よくそばに置くようになった。
白手毬は、将軍は好きだったけれど、彼の死後、世話をする人間たちが好きになれなかったので、城を出ていく。
大きな森を持つ神社の日本の神様に拾われ、神様見習いになってみたものの、退屈だったので、そのまま眠りについてしまった。

それから数百年、眠り続けてきた。


川の水でぬれた白手毬は、炎天下でも涼しそうだ。
僕と廉さんは、白手毬を呼んで、話をしようとさそった。
「てまちゃん、ユニコーンだったんだな」
『狩られるから秘密よー』
「いやもう、狩る人間はいないから」
「生きたユニコーンがいたのなら、事件の謎も解決だな」
廉さんが、びっくりなことを言う。
「どういうことですか?」
「この子は、はからずとも、最後のユニコーン。力の強さは半端ないはず。ユニコーンは、触れる水を浄化する力があると言われている」
『てま、ここでは水神様よ。近くの神社に祀られてたよ』
「そうだったのか」
白手毬の話を、よく聞くと、お父さんの最後の魔法によって目覚めてしまったものの、土地の地下の水があまりにも汚いから、とりあえず浄化しなきゃと、たくさんの応援として水の精を呼んで、水の浄化をはじめてみた。
が、力が暴走し、浄化も手に余ることがわかって、諦めようと思ったらしい。
しかしこれが最後と、浄化に向かった先で、アンジェリカに瓜二つの女性に出会ってしまった。
懐かしくて、話したくて、何度も後ろから呼んでも気が付かないので、神様見習いになるために日本の神様からもらった、子供の姿になって近づいてみたけれど、振り払われてしまう。
ショックだったが、あとで、浄化に夢中で汚水まみれになっていたことに気が付いて、大反省したという。
「ああ、わかった。アンジェリカに会ったのって、あの小道でだろう。てまちゃん、魔法で子供の姿になったんだな。だから、高密度な魔法エネルギーが残っていたのか。ユニコーンは、古の純粋な魔法存在だから、お父さんの魔法より濃いわけか。ってことは、あの子供の手形も、てまちゃんのものだったのか」
僕の中ですべてがつながった。
だからすべて、解決というわけじゃないな。これは。
『てま、アンジェリカに会いたい。だから、まだここにいるの』
「その人がアンジェリカかどうかは、僕的には保証できないけどな。会いたいなら、方法は、なくもないんじゃないかな?」

つづき↓
最終話 https://note.com/nanohanarenge/n/n3f3b474074e1

本編「この星と歌う、最後の歌を」はこちら


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