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長い、長い、休日 第15話

【タナカの話3】

 奴隷というのは、意志も含めて全てを支配されるものだと勝手に想像していたが、どうも違うようだ。
 どちらかというと、使役されているだけのようでかなり自由だし、精神的に圧迫されたりはしない。もちろん恐怖で縛られている風でもなく、命令に対しては、拒否も出来るようだった。

「なんだろう…これって」

 あくまでタナカの意志は尊重されている。その上で命に従うかどうかは自由。これのどこが奴隷なんだろう?タナカには分からなかった。
 変化した部分はある。見た目は原生生物(ヒト)だが、能力は向上しているし、カネチカたちのように自由に移動も出来るようだ。これは主の危機に直ぐ駆けつけたり出来るよう、与えられた力のようだった。

 そして、タナカは主の危機を察していた。

 危惧していたガワの関係者と接触してしまったのと、その人物に連れられ二人きりになっていること。長い接触は控えるべきだが、主自身が拒絶していないのでどうにも身動きが取れない。どうしたものかと思っている内に、あろうことか主は関係者とキスをした。
 それ以上発展はしなかったものの、タナカは混乱した。あれだけ肝に銘じていたはずなのに、のこのこ付いていくわ、接触しまくるわ。主は一体何を考えているのだろう。

 そんな時、カネチカが戻って来た。手にはたくさんの紙袋を下げている。主の衣服だろうが、買い過ぎでは?と思ったが口にしなかった。その後、色々詮索されたのでタナカは自室に籠もることにした。主の行動は分からないが、何らかの考えがあるのかもしれない。

 そんなこんなで、主の不可解な行動は、どうもガワの暴走のようだった。しかもガワと癒着も起こしてしまい外せなくなってしまっている。何やら因縁深い「あのヒト」というものが絡んでいたようで、ヤヤコシイ状況のようだ。

 主は、ガワであるマサキについて調べるようだが、カネチカが側に付くようなので、もうあんな事は起きないだろう。その点は安心したが、はたして主は無事自分の家へ帰ることができるのか。その時自分はどうなるのか。不安こそ感じなかったが、自分には何が出来るのかと思い悩んでいた。

「タナカくん」

 その声にハッと顔を上げると、いつの間にか主がのぞき込んでいる。カネチカの姿はなかった。
「なんでしょう」
「カネチカが買ってきた服着てみたんだけど、すげぇチクチクするんだ。ちょっと見てくれ」
 ファッションショーに付き合わされたのか、着替えていたようだ。首の後ろを気にしてるのでチラッと見ると少し赤くなっていたので脱がしてみた。
「ああ、赤くなってますね。このタグですかね」
「くそう、なんてヤワな体なんだ。あんま馴染まないから調整も効かないし」
 ブツブツ文句を言う主に、タナカは肌荒れに効きそうなクリームを塗ってあげることにした。それが、主にはくすぐったかったようで、ひーひー笑って逃げるので、仕方なく押さえ込んで処置をした。

「あー!許して!もうっ………ひやー!」
「変な声出さないでください。カネチカさんに見られたら誤解され…」

「利休ー!来てやった…………あ!

 突然、同学部の友人がやってきた。(たしか、ハツネとかいう名前だった気がする)最悪のタイミングだ。半裸の主を組敷くタナカの姿を見たハツネは、思い切り誤解をしたようだ。
「………ご、ごゆっくり」
 そう言ってドアをしめようとする。このまま放っておいても良いが、色々大学生活に支障が出そうなので、呼び止めることにした。面白がって他の人を呼ばれても面倒だ。
「待ってハツネ。もう大丈夫だから」
「でも、ほら、お楽しみ中だろ?」
 あれのどこがお楽しみなのか分からないが、仕方なく中へ入れることにした。
「すみません。急に大学の友人が来てしまって」
 主に言い訳すると、彼はチクチクする服をまた着るかどうか悩んだあげく、丸めて前に抱えていた。
「あ。そう、えっとどうもこんにちは」
 主はかなり動揺している。ハツネも動揺しながら挨拶していた。私は見かねて他の服を探すことにした。何故か、部屋中服が散らばっていたが、あれはファッションショーの名残だろうか。落ちている服を渡すわけにもいかないので自分のを貸すことにした。

 適当に選んでしまったが、とりあえず服を持って行くと、どういうわけかハツネと主が抱き合って床に転がっていた。———は?

「何してるのハツネ」
「え!あっ…!」
 慌てて主から離れる。何がどうなったらこうなるんだ?と、タナカは首をかしげながら持ってきた服を主に手渡した。
「ハツネ、どういうこと?」
「いや、その、ちがうんだ横恋慕じゃない!」
「……で、どういうこと?」
「つい興奮しちゃって………」
 興奮したら抱きつくなんて、野獣か?そんな奴だったろうか?
「だって、あのマサキ先生だったから。よく顔を見ようとして…」
「だからって押し倒すか?」
 よく分からなかったが、ハツネは画家のマサキのファンで、それに気付き興奮し顔をよく見ようと近づいたら、散らばっていた衣服に滑ってこうなったらしい。言い訳がましいが、それ以上追求するのはやめておいた。すぐに片づけなかった自分も悪い。それにしてもカネチカは散らかしたまま出かけたようだが。

「嬉しいです!マサキ先生にお目にかかれるなんて…………あ」
 言っててハツネは顔が真っ青になっていた。気付くのが遅すぎる。
「え!幽霊!!!?」
「違う。彼はマサキ先生じゃない。———別人だ」
「別人?」
 この時の主の顔は、まさに「苦虫をかみつぶしたよう」という形容詞がピッタリだった。
「………めけって呼んで下さい」
 ハツネは何故かすんなりと受け入れたようだが(愛称だと認識したらしい)タナカの恋人だという認識は改めてくれなかった。

「で、どうして突然僕の家に来たの?」
「ああ、この上の池に隕石が落ちたって聞いて。離れてるけどお前大丈夫かなって。全然返信くれないし」
 どうやら心配して来てくれたようだ。
「ケータイ切ってるから。あと、見てのとおり大丈夫」
「良かった…………あと、邪魔してごめん。すぐ帰るよ」
「心配ありがとう」
 ハツネを見送って部屋に戻ると、主はグッタリしていた。
「なんだかすみません。まさか急に来るなんて思わなくて」
「いや、俺もウカツだった。現場に近いところを拠点にすべきじゃなかった。別の所にした方が………」
 ブツブツと思い悩む主を見ながら、タナカは服をかき集めながら声をかけた。
「ところで、カネチカさんは?」
「船に戻ってる」
「そうですか。拠点は替えるのですか?」
「うーん。あまり原生生物(ヒト)と接触したくないからなあ。どっちにせよここに残んなきゃなんねえし、あんまり出歩くとアカザみたいなことになりかねないし、正直八方塞がりだ。俺はこのままじゃ帰れないし」
「………このままガワと癒着したままだとどうなるんですか?」
 タナカは一番気になっていることを聞いてみた。

「このまま朽ちて死ぬだけだ」

 たいしたことじゃないという口調で答える主に、タナカは耳を疑った。
「死ぬ………」
「あ、心配しなくていい。俺が死んだらタナカくんは奴隷じゃなくなるだけだ」
 タナカは言葉に詰まった。そんなタナカを余所に、主は独り言のようにぼやいた。
「でも、それじゃあカネチカくんが可哀想だなあ」
 確かに、あの執着ぶりだと死のうものなら大騒ぎしそうだが。
 それにしても主は自ら命を絶つ気はないけど、積極的に生きる気はないようだ。
 その事が、なんだか切なくて、かといって何も言えなくてもどかしかった。

 そんなヒトが何故レスキュー隊をしているのだろう。
 自分の命を軽んじているのに他人の命を救う仕事をしているのは何故?



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