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メモ:mastodonの話をしよう

※この記事は専門的な観点から見て間違った事を言っている可能性があります。

はじめに

ここ数ヶ月でTwitterの環境は大きく変わった。
イーロン・マスク氏によるTwitter社の買収を発端にいくつかの仕様変更が行われたわけだが、買収前に寄せられていた期待を裏切り多くのユーザーにとってあまり良いものとは言えなかった。

特にTweetbotをはじめサードパーティクライアントを使用不可能にした変更は、ただ他のユーザーのツイートを見たり自分のツイートを投稿するというTwitterの基本的な使い方ですらストレスを伴うようになり、計画性のない突然の仕様変更や見覚えのないアカウント凍結の頻発なども含めて「脱Twitter」ムーブメントを生むきっかけとなった。

そこで世間に注目されたのが分散型SNS「mastodon」だ。詳細な仕組みや具体的な使い方の説明などはここでは省くが、分散型SNSとはmastodonというサービスがあるというよりはmastodonという共通の規格を使って各々がサーバーを建てているという表現が近い。
サンドボックスゲーム『Minecraft』では最初に降り立つメインのワールドとは別にネザーやジ・エンドという別次元ワールドに行く事が出来るが、そういったものを想像すると分かりやすいだろう。分散型SNSとはそのワールドごとに違うルールが適用され、似た規格を使ったmisskeyなど他のサービスの無数のワールドとも往来が可能というイメージだ。


mastodonの悪いところ

mastodonをはじめとする分散型SNSの一番の弱点は検索機能の弱さだ。
わたしは技術者では無いので詳しい事はわからないが、検索機能を実装する事はサーバーにとって負担が大きいらしく、インスタンスによっては機能を限定されていたりそもそも実装されていなかったりなどそれぞれで仕様が異なる。
そして異なる管理者・異なるルールのサーバーの集合体であることから技術的な意味で横の繋がりが薄く、mastodon全体の検索は精度が甘くあまり実用的ではない。加えて当然Twitterのようなレコメンド機能も存在せず、他のユーザーの投稿を見るにはまずハッシュタグやLTL・連合TLから辿る事になる。先のMinecraftの喩えで言えば、他のワールドに行くには都度ポータルを通らなければいけないのでアイテム移動などの点で不便、と言えば分かりやすいだろう。

つまるところmastodonはPVを集める行為に悉く向いていない。たとえ努力してフォロワーを集め投稿が多くのユーザーに共感されたとしても、LTLや連合TLではただ流れる数多の呟きの一つに過ぎないし、Twitterのようにサービスが勝手にバズっている投稿やインフルエンサーの投稿をユーザーのタイムラインに押し込む事も無い。
同じインスタンス内なら検索にしても広報にしても多少融通は効くものの、mastodonインスタンスの多くは小規模団体、或いは個人によって非営利目的に運営されており、維持管理コストが増大する事を嫌って過度に登録ユーザー数を増やす事に消極的なサーバーが多い。従ってサーバー内は半ば閉じたコミュニティになりがちでやはりPVを集めるには不向きとなる。


mastodonはTwitterの代わりになり得るのか

メディアやSNSなどではさも分散型SNSがTwitterの次に覇権を取り人々に浸透するSNSかのように表現する投稿が見られたが、全くもって筋違いであるとわたしは思う。

仕組み上PVを集めるには不向きという点で商業的な利用価値が薄い故、各企業やインフルエンサーなどといった「知名度をお金に変えられる」人たちはTwitterが自滅でもしない限り有利なフィールドから離れるという事は無いだろうし、その人たちを追っている消費者やファンたちもアカウントを保持し続けるだろう。

またInstagramやTwitter、Tiktok、YouTubeにニコニコ動画といったネット上のサービスが流行った要因として「いち個人が簡単に承認欲求を満たせる」事が挙げられるのは否定できない。承認とはある種の麻薬であり、誰でも麻薬にアクセス出来ることが今日におけるSNSに絶え間なくコンテンツを供給し続けている一因でもある。
そしてレコメンド機能によって増大するエコーチェンバー現象、そこから生まれる「炎上」という現象の存在も一つの麻薬である。自分の価値観が不特定多数に肯定される事は気持ちが良いし、少数派に見える自分と異なる価値観を悪として正義の側から鉄槌を下すのも気持ちが良い。
実際に、2017年に起こったmastodonブームは結局一過性に終わり、ほとんどのユーザーはTwitterへと帰った。その理由を明言することはできないが、中央集中型SNSで得られる物が分散型SNSでは得られなかったというのは事実と言えるだろう。

これらの脳内麻薬を求めるユーザーの言動はTwitter社の広告収入を増やす事に繋がる。イーロン体制のTwitterになってからツイートのインプレッション数がタイムラインに表示されるように変更されたり、有料会員はPV数に応じて広告収入の一部を受け取ることができるようになったが、これらの仕様変更はより一層ユーザーにPV数を稼がせ、ひいては運営会社の懐事情を改善するためであるのは明らかだ。
要するにTwitter社が突然崇高な倫理観に目覚めない限り社の存続のため今後も脳内麻薬を出させるべく開発を行い、人々がそれに依存する限り繁栄し続けるだろう、というのがわたしの考えだ。


mastodonの良いところ

逆説的に、mastodonはそれらの脳内麻薬を理性的に断ち切り「価値観を共有できる人とのコミュニティを形成する事」に機能を絞ったミニブログSNSであると言える。
先述の通りmastodonの各サーバーのほとんどは非営利目的に運営されているが、mastodonという規格自体も非営利目的で寄付金を基に開発されており、根本的にユーザーを集めて広告を載せるビジネスとして成立させるべく開発されているサービスでは無い事が伺える。(→参考記事)

多くのサーバーの運営が個人に一任され、非営利を貫いている以上管理能力には限度がある。
そして価値観を共有出来ないユーザーは管理者個人の判断でパージする事が可能であるし、あるインスタンスでパージされたとしても新たなインスタンスを立てれば似たような価値観を持つ人とのコミュニティを形成する事ができる。
これらの仕組みによって分散型SNSはユーザー数が増えたとしても分散という形を保持出来るという構造だ。

このシステムでは例として違法行為や差別的言動を好むコミュニティが形成される可能性があると考える人もいるかもしれないが、一線を超えたユーザーを野放しにするインスタンスは自己防衛の目的も兼ねて他のインスタンスからのアクセスが遮断される。
その一線とはあるインスタンスでは日本の法律上違法にあたる行為を許容している事を指すかもしれないし、別のインスタンスでは政治活動や宗教勧誘を許容している事を指すかもしれない。
つまり、何がダメで何がダメではないのかの線引きは各インスタンス、そしてユーザーに委ねられているという民主的な仕組みでもあるのだ。


おわりに

今やTwitterやInstagramといったSNSはスマートフォンの普及と共に人々の日常に欠かせないものとなった。学校や職場といった狭いコミュニティに囚われる事なく同じ趣味や価値観を共有する仲間を見つける事が可能となり、例えばマイノリティは自身の生存のために多数派の顔色を伺うことなく発言する事が可能になったし、「オタク」は蔑称では無くなった。
一方でSNSというビジネスを繁栄させるための仕組みは多くの社会問題を生み出した。エコーチェンバー現象やシャーデンフロイデ、承認による脳内麻薬は人々の脳を麻痺させ、過激な言動に駆り立てた。それらはやがて企業や政治体制すらも動かしかねない大きな動力となり、良くも悪くも老若男女誰もがSNSの存在を無視出来なくなった。

mastodonの根幹は過激化した"SNSという仕組み"を反省し、敢えて拡大する機能に枷を掛けて「ネットを通じて人とのコミュニティを作る事」だけを理想に掲げたシステムである。
結局のところmastodonに定住できるかどうかは意識的にしろ無意識的にしろその根幹的な理想とインスタンス管理者の理想・価値観に共感できるかという部分が大きいのではないだろうか。そしてこのシステムは理想に共感できる人間による良心によって寄付という極めて非効率な形で維持されており、理念の実現のために今後もそうされるべきである。

イーロン・マスク氏の言う「言論の自由」が実現された現在のTwitterではmastodonをはじめ他SNSのURLを含むツイートをするとアカウント凍結かシャドウBANの処置が下される。「ルールや空気が気に食わないならインスタンスを立てて住み良い環境を作り移住する」を是とするmastodonとは全く逆の志向であり、皮肉な事にこの対応が中央集中型SNSの問題点を浮き彫りにしている。
しかし一方で検索やレコメンドといった機能が弱いシステム上、商業的な利用価値は中央集中型SNSに劣り続けるのは確かだろうし、管理をユーザーに任せる仕組みで健全な空間を目指すには些か性善説に頼り過ぎているところがあるのは否定出来ない。
今後mastodonがTwitterのように流行するか、そして分散型SNSという仕組みが持続できるかどうかは人々の理想と理性次第といったところである。
この記事を読んでmastodonが気になった人は是非安住の地を求めて分散した各インスタンスに足を踏み入れてみて欲しい。

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