今年読んで良かった文芸作品を紹介する文芸アドベントカレンダー 12月11日 by なの
yiyayukiさん主催の文芸 Advent Calendar 2020に参加しています。
12月11日担当の なの といいます。
今年読んでよかった文芸作品として千種創一の歌集『千夜曳獏』(青陶社)を挙げたいと思います。
都会の若者の間で流行っているらしい短歌の本を紹介することに、多少気が引けつつ……好きなものは薦めたいので、よいこととしました。
本書を手にする機会があれば、まずは装丁を楽しんでほしいです。紙……紙なのかな? 不織布? ふかふかとした素材の表紙と裏表紙、麻のようなスピン(しおり紐)。視覚と触感から本書の導入が始まっていて、物体としての本が好きな方にもおすすめしたい造りになっています。
本文用紙はザラ紙の風合いで、アナログテレビの砂嵐のようなノイズを感じます。
そして、その紙に載っている短歌は冴えていて、まるで透明度の高いガラスのよう。
朝の河を見たいのだろうセーターの袖で車窓の露を拭って
ろうそくの火よりも揺れる熟考の夜の岸辺にいま船は着く
枯れるのが悲しいのなら新しい花束を買う、絶やさずに買う
おそろいの箸の漆が剥げている。ここから腐るだろうと推(おも)う
出町柳駅から地上へ出たときに夕立みたいなあなたの好意
人生が何度あっても間違えてあなたに出会う土手や港で
とぷとぷとトマトジュースを注ぎつつ僕は獣だ、嘘つく獣
あなたとの記憶さかのぼりつつ鮭になって浅瀬で命たちたい
死ぬことで完全となる 砂嵐に目を閉じている驢馬の一頭
掲載されている362首から9首を引用しました。
わたしは短歌を読むときに、頭の中に情景を思い描きます。
例えばこの短歌。
おそろいの箸の漆が剥げている。ここから腐るだろうと推(おも)う
それほど広くもなく、きれいとは言えないがつつましやかで静かな台所で、その人は洗い物をしている。
程よく使い古されたスポンジで、伏し目で、食器を洗っている。
おそろいの箸は、漆だから安くはなかった。
毎日、毎日、使っている箸。その箸の漆が剥げている。
漆って、永く使えると思っていた。
まだ使えるからこれからも漆が剥がれた箸を使うけれど、腐食は止まらなくて中からじわじわと腐っていき、やがて駄目になってしまうだろう。
……箸も、たぶん、自分たちの関係も。
こうして、一首一首ごとに情景を浮かべながら読み進めていきました。
頭の中で広がる情景が、静かに、くっきりと冴えていて、透明なガラスのようだと思いました。
この歌集をはじめに読んだのは今年の6月で、この度、文芸アドベントカレンダーに参加するにあたって再度通読しました。
半年の空きでは読後の感想に変化はありませんでしたが、歌集を読みながら「あっ この歌は好きだな」と感じるセンサーというか、自分の「好き」の感度を鈍らせたくないなと感じました。
2020年の閉鎖がちな状況においても、自分の感度は曇らないでいたいと思わせてくれた歌集『千夜曳獏』がわたしの今年の一冊です。
明日12月12日の文芸 Advent Calendar 2020の担当はnecomimiiさんです。
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