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自然のように、まっさらに。
実家のレモンがついに開花したとのこと。
ため息が出る可愛さ…ずっと見ていられる。
このレモンは、二年ほど前に私が買ってきたものだ。実家にいた時は、私が水をあげたり、寄ってくる虫を払ったりしてお世話をしていた。私が実家を離れてからは、母がお世話をしてくれているが、この日までずっと花が咲くことはなく、実がなることなんて、夢のまた夢だった。
* * *
実家の庭で家庭菜園を始めたのが、2年半くらい前。きっかけは、リトル・フォレストという映画だった。小さな田舎の村に暮らす主人公が、春夏秋冬の季節の変化に応じて、工夫をしながら自給自足で生活していく物語。
私が心奪われたのは、主人公がカップラーメンの容器に種を植え、ラディッシュを収穫していたシーン。「野菜を空いたトレー容器で育てられるなんて」…とても衝撃だった。野菜の栽培って難しいものかと思っていたけど、何事もやってみたら出来るようになるかもしれない…。
私は即座にホームセンターに走り、ラディッシュの種を買ってきて、庭の土に植えた。これが私の家庭菜園ライフのはじまりである。
ラディッシュ、トマト、ミニ人参やミニ大根、パクチー、ズッキーニ、茗荷(みょうが)、アスパラ…
いろいろ育てた。上手く発育するものもあったし、数個しか収穫できないもの、葉っぱが食べられてしまったものなど、一筋縄ではいかないものもあった。
けれど毎朝植物たちと向き合っている時間は、疲弊した私の心を、まっさらに、透明にしていく。
花が咲いちゃった茗荷。いとおしい…
* * *
あくまでも私たちは地球という住処で、自然の力を借りて生きている。だから私たち人間よりも、よっぽど壮大な自然に対して、「美しい」とか「癒される」などと思うのは、野暮なことなのかもしれない。でも、私たちが自然に心を突き動かされるのは、機械化された生活の中で凝り固まった心と体が、こう囁いているからかもしれない。
「もっと自然のように、やわらかく、自然に生きてみて。」と。
私たち人間は、考える生き物だ。だからこそ生み出せるものが沢山ある。
でも、たまには子供のように、難しいことは取っ払ってみて。
風とダンスする私たち植物のように、心をフリーにして楽しんでみて。
自分を解き放った先で、生み出せるものも沢山あるはずだ。
そんなことを野菜たちが教えてくれた気がする。
明日も、自然の力を大きく吸って、肩の力を抜いていこうね。
#日記 #エッセイ#家庭菜園
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