尾崎放哉のある俳句に対する解釈
皆様、おはようございます。
最近、尾崎放哉の「蟻を殺す殺すつぎから出てくる」という俳句に対する解釈が気になりました。
ネットで調べると、尾崎放哉が陰気に蟻を潰していっていることを前提に語られていますが、彼のような人が、そんなよくわからない、ある意味では残酷な殺生をわざわざ句にするようには思いませんでした。
私は、この句を見た瞬間、現代の若者がすぐに思い浮かびました(私も含め)。
大学を卒業して、いざ就職してみれば、学んだ専門知識など関係なく、使い捨ての弾のように扱われ、病気や死に追い込まれる、そして、翌年にはまた同じ数だけ出てきて・・・。
これと、次々殺される蟻が同じように思えました。
エリートだった尾崎放哉が、改めて客観的に世の中を見たときに、人々がこのように見えたのではないかと思ってしまいました。
私は、こういう人たちをよく「機銃掃射に飛び込む歩兵」と表現します。
当時も、現代と同じような現象が起きていたのかもしれません。
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