創作

最初は憧れに近いような感情だった。自分には到底なし得ないことを、飄々とやってのける人だった。そんな人に褒められると嬉しかった。背中を追うようにガムシャラについていった。真似事をした。近づきたかった。

彼女がくる場には必ず参加した。どこにいても、何をしてても、明るく、それゆえに隙の無い人だった。
憧れの中に、微かに欲が出た。もっと、知りたい。強さの理由は?モチベーションは?
彼女は矢継ぎ早な質問に笑って、長い髪を揺らした。はぐらかされても、笑ってくれればそれでいいか、と思うようになっていった。あれは初夏の日で、重たい空が雨を降らせていた。

早めに仕事が片付いた正午過ぎ、初めて二人きりになった。すっかり夏日めいたテラス席。結露するアイスコーヒー。
難しいことを、難しいままに語ってくれる初めての人だった。笑うと控えめにさがる眉毛が好きだった。滲んだ汗を拭う仕草。ハンカチは花柄だった。
自信なんて本当はないよ、そう振る舞うのが上手いだけで。そう切なく笑った。寂しそうな表情を初めて見た。嬉しさはなかった。

テラス席の翌日、初めて寂しそうな表情を見た翌日、彼女は結婚した。唯一弱さを見せられる人、と語っていた。昨日の切なさは見えなかった。

抑揚のない、「おめでとうございます」。私は笑えているだろうか。
明るさを崩すない彼女は「あなたに一番最初に報告したんだから、早く彼氏作りなよ」と笑った。彼氏なんていらないことは言えなかった。浮かれているように、彼女のポニーテールが揺れた。

もう真似事はやめようと、スマホを取り出す。美容院の予約を、今日の夜にした。


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