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別に間違えてもいいんだけどね

経験上、世の中を「白黒はっきりしたもの」だと見做せば大抵間違える。それは、32bitカラーの画像を粗めに2値化して見る様なもので、ざっくりとその画像が何を表しているのかはわかるが、実際には存在している色、形などの情報が省略され検討されないためだ。そして、世の中をそう見てしまうのは、残念ながら人間がもつ自然なものの見方だ。

ただそれを防ぐために、物事をそれなりに理解しようと思うとコストがかかる。特に自分が不案内な分野について理解するにはそれ相応のコストが必要となる。そんなコストはなかなか支払えないから、世の中の出来事は「白黒はっきりしたものではない」と決めてかかることにしている。これが良いか悪いかは知らないけど、間違えたくない人には有効なアドバイスかもしれない。

チームビルディングでは安心して間違えることができるというのが重要になってくる。「心理的安全性」とか言った気がするけど、間違えを恐ると意見が言い辛くなりチームはうまく動かなくなる。

自分が不案内な分野について意見を言ってそれが叩かれるというシーンをTwitterなどで見かけることがある。チームと一緒にするのもナンセンスな気がするが、詳しくない人は黙れ的な空気は楽しくないし、生み出されるものもシュリンクしてしまう気がする。もちろん、他人を傷つけたり害すものを許容するという話ではないけど。

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