見出し画像

グレタさんと晴敏さん

 グレタ・トゥーンベリさんは2019年の顔といってもいいでしょう、彼女の主張やそれをめぐる周りの反応に私は既視感を覚えました。「私たちの未来を返してください」「経済の歩みを止めるわけにはいかない」「彼女は怒っているだけだ」これは2011年の震災以降に日本で起こった、原発への反応と似ているのではないでしょうか、原発を止めると経済が停滞すると主張するエコノミストや、私は騙されていたと全ての原発を廃炉にすべきだと主張する元政治家、子供たちのために住みよい地域を残したいと訴える親、日本にはグレタさんほど活発な人はいなかったので、あまり未成年の声は聞こえなかった気がしますが、状況としてはよく似ているなと感じました。

 そして、この震災後のゴタゴタをうまく書いた小説が、福井晴敏著「小説・震災後」です。作者の福井晴敏さんがこの小説で書いていたことからグレタさんの言動を見ると、グレタさんの行動は、恐怖や絶望から生まれた『闇』に囚われて行っているものだと言えるでしょう。もちろんそれ自体生物としては正しい。そして、彼女がいっていることはもちろん正しい。でも、恐怖や絶望をモチベーションとした活動や言動は見ていて楽しいものではない、そして、その発言からは未来が見えない。

 この小説で晴敏さんは『未来』をこう定義しています。「将来というのは時間的に現在よりも後を指すもので必ずやってくる、しかし、未来というのは必ずやってくるものではない。人の意思が作り出すものだ」(かなり意訳してます)と。そして、こう続けます「新しい技術の開発者は必ずこう言う、『子供の頃に夢見たあれを実現したかった』と、彼らは子供の頃に夢見た未来のビジョンに突き動かされている。それは、理想と言い換えてもいいかもしれない。」と、何となく晴敏さんの指す『未来』の意味がわかるでしょうか。言い換えると、今よりも良い理想の将来を『未来』と定義していると言えるのではないでしょうか。

 少し未来の話をすると、人工光合成や、太陽発電衛星、空気中の二酸化炭素を吸収する機械などの研究が実際に進められています。もちろんそれにあぐらをかいていていいわけでは無いですが、将来への不安に潰されそうになったら、未来の話をするのも良いかもしれません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?