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地質学がからむ仕事での標準化・規格化の功罪

再就職して新しい職場での仕事が始まって2か月が経とうとしています。

新しい仕事ではプロセスや成果物に対する標準化・規格化が前の仕事に比べてものすごく進んでいることを感じます。

仕事の成果物が「安全」に直結するために、プロセスや成果物の質の保証が求めらているので、分析方法、計算方法、評価方法、記載・報告方法などをかなり厳格に標準化・規格化することによって、だれがやっても一定の質が保たれるように考えられていることがよくわかります。

この標準・規格が定められるまでにはシビアな研究・試行錯誤が行われたに違いありません。そしてそれは現在もどこかで続けられているに違いありません。そして一度できた規格に従えば、多くの調査における成果品は一定の品質・信頼性を保てるというわけです。

一方で、前の仕事のように自然を相手にして、資源を探す、資源を開発する、資源を効率よく生産するためのキー・ファクターを見つける、などの仕事では、開発計画を立てるためのモデル作り一つにしても、地質のどこに目を付けるべきか試行錯誤の連続でした。

今まで行ってきた分析や評価方法では見つけられなかったキー・ファクターが、新しい視点や、新しい分析・評価・解釈で見つかり、解決がはかられた例も多くあります。

前の仕事でも標準化・規格化は一定の品質の保証にはつながりますし、そのような動きもありました。しかし、規格化・標準化された作業の意味や、私たちが解こうとする課題や問題の本質が分かったうえで適用しないと、私たちが本来目指したいことが達成できないということにもなりかねません。

地質がからむ仕事は自然を相手にしているので、標準化・規格化に頼りすぎる危険も感じます。

標準化・規格化の利点と限界を認識すること。これが地質学を応用していく上で重要のではないかとあらためて感じています。これは規格化・標準化が進んだ現在の仕事にも言えることだと思います。

これから応用理学 (地質) の技術士をめざすのであれば、このような視点で自分の業務を見なおしてみるのも重要なのではないかと感じています。


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