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ピンホールが結んだ幻想的な倒立像

ピンホールカメラあるいはカメラ・オブスクラをご存じでしょうか?

どちらも被写体の各点で乱反射した光線のうち、空間にあるピンホール (針穴) の一点を通る光線のみを選び出し、平面に投射することで射影された像を得る、というものです。

ピンホールカメラであれば、投影された像を写真フィルムのなどの感光材料や電子的な撮像素子などに記録します。

カメラ・オブスクラであれば、平面の壁や机の上の紙、スクリーンなどに像を映し出します。

もっとも単純なカメラの方式でもあるため、小学生の頃の学習雑誌の付録に組み立て式のピンホールカメラがついてきた記憶があります。

「ピンホールカメラ」という言葉を初めて聞いたのは、学習雑誌の付録を手にする前、幼稚園の頃だったと思います。

幼稚園の頃、私が住んでいた家の周りは雑木林に囲まれており、隣の家までは50m以上離れていて、お互い雑木林に隠れて見えなかったので、本当に一軒家のような感じでした。

ある日、家族でどこかに出かけ、家族みんなで駅から自転車で家まで帰ってきました。もうすっかり日が暮れ、家の庭から雑木林を通して街灯 (と呼べるほど立派なものではありませんが) 道端を照らすうす暗い蛍光灯の明かりがちらちらと木の葉を通して見えていました。

居間やダイニング (「食堂」と言った方がぴったりくるかな) から出入りができる掃き出し窓の外側には、木の戸袋がついていて木製の雨戸が収納されていました。夜にはそれを引っ張り出して戸締りをします。

もう暗くなっていたので、外から家族みんなで手分けして雨戸を閉めました。

すると、雨戸に不思議な光景が映っているのに気がつきました。庭から見える景色が逆さに映っていたのです。

はじめは何が映っているのかよくわかりませんでした。どこか鏡にでも反射した光が映っているのかとも思いました。しかし手をかざして手の影でどこから光が来ているのか確認すると、雑木林の向こうの蛍光灯の方から来ていることがわかりました。そしてその像は庭から見える向こうの景色を倒立させたものだったのです。

その時父が「ピンホールカメラと同じだ」と教えてくれました。雑木林の葉が重なって、葉と葉の間のほんの小さな隙間が、たまたまピンホールの役割を果たして、蛍光灯が照らした庭の向こうの景色を雨戸に映し出したのだと教えてくれました。

しばらく見とれていました。不思議な幻灯機を見ているようでした。微かに色もついているようでした。

夜真っ暗な昔の埼玉だからなせるわざだったのでしょう。

「ピンホールカメラ」という言葉を聞くと、あの日の夜の幻想的な光景を思い出します。

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