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埼玉の米軍基地・米軍施設

私の実家からあまり遠くないところに航空自衛隊入間 (いるま) 基地があります。

現在の入間基地の所在地は1938年12月に陸軍航空士官学校が設立された場所です。陸軍士官学校は、終戦後、1945年に米軍に接収され、「ジョンソン基地」となりました。

私が小さいころはまだ「ジョンソン基地」と呼ぶことがありました。うちにあった地図にも「ジョンソン基地」という記述を見た記憶があります。

この米軍「ジョンソン基地」は1958年以降、段階的に返還され、1973年に6月に大部分が返還、1978年9月に全面返還されました。

返還された米軍基地跡地は、1958年の航空自衛隊入間基地の発足以来、自衛隊が逐次、全面的に管理使用していました。

基地跡地の利用に関しては以下の入間市公式ホームページに記載があります。

私の記憶にある埼玉の米軍基地としては、この他に、和光市・朝霞市・新座市、東京都練馬区にまたがっていた「キャンプ・ドレイク」があります。

1945年9月に米軍が旧陸軍被服廠跡地に進駐し、長い間、米軍基地「キャンプ朝霞(キャンプ・ドレイク)」として使用してきました。

その後、1965年頃から基地返還要求運動が始まり、1974年8月にキャンプ・ドレイクの大部分が日本に返還されることが決定されました。1986年に米軍通信施設が返還されたことにより、朝霞市内からは米軍基地がなくなり、「基地跡地」として現在に至ります。

[朝霞市公式ページより]

こうして埼玉にあった米軍基地は徐々に返還が進んできましたが、埼玉にはまだ米軍施設が残されています。新座市と東京都清瀬市には米軍大和田通信所、所沢市には米軍所沢通信基地があります。

「都道府県市区町村 都道府県データランキング」のページ (https://uub.jp/pdr/) に在日米軍基地(専用および一時利用含む)の都道府県別施設数と面積のランキングが掲載されていました。

在日米軍施設・区域(米軍管理)面積は都道府県別で埼玉県は10位だそうです。米軍施設関連の面積が記録されているのは14都道府県。そして沖縄県は圧倒的な1位です。

基地の返還が遅々として進まない沖縄県のことを思うと、心が痛みます。

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