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11月。旧石器捏造事件の衝撃を思い出す。

2000年の11月のちょうど今頃。その頃海外赴任していた私は、毎回電話回線とモデムで「ピーヒョロヒョロギーギョローギョー」と音を立てながらつながる遅いネット環境で日本のニュースを見ていました。

日本の新聞も会社は取り寄せてくれていましたが、会社の寮に行かなければ読めず、日本のニュースを目にするのもいつもやや遅れ気味でした。

その日、なにげなく遅いネット環境に耐えながら日本のニュースを見ていると、驚愕のニュースが飛び込んできました。

それまで東北地方を中心に、日本各地で前期・中期旧石器時代の石器を「発見」してきたアマチュア考古学研究家が、自ら事前に石器を埋めておいて自ら発見したように見せかけていた現場を新聞にスクープされたのです。

これは考古学に関わるものだけではなく、科学を学んだり仕事にしたりする者にとっても大変衝撃的な事件でした。

その後、日本考古学協会の旧石器問題特別調査委員会は、この旧石器捏造問題に対する調査報告を行い、そのアマチュア考古学研究家が関与した9都道県、162の遺跡で捏造があったことが判明し、そのすべてが、学術的資料としては無効であると結論づけたのです。

これらの「発見」に基づいて構築されてきた日本の旧石器時代の認識が根底から覆されることになり、これらの「発見」を基に日本史の教科書に記載されていた内容も消されることになったのです。

このニュースを聞いたとき、その影響の大きさに気が遠くなるような気持ちでした。

学会のチェック機能、反論できない雰囲気、「大発見」としてセンセーショナルに扱ってきた報道の在り方、あらゆることに反省を余儀なくされる事件でした。

AIで簡単に巧妙にフェイク画像やフェイクニュースが作れてしまう現代。本当に慎重に、落ち着いて、情報を吟味していかないと、私たちはまた同じような過ちを様々な分野で犯してしまうかもしれません。

今一度、歴史、科学、すべての学問分野について、研究のあり方、報道の在り方、情報の受け取り方などをしっかりと見なおし、おかしいことにはおかしいと疑問を呈することができる社会、だれもが誹謗中傷されることなく率直に活発に意見交換できる社会にしていくことが大切なのだと感じます。

そして、センセーショナルな発見がなくても、若い人たちが真摯に、着実に、倫理観を持って学問に打ち込める社会にしていければ良いなと思います。

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