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つくばにあった謎の施設「コズミックホール」とは?ドーム映像体験の過去と未来

この記事は、mast Advent Calendar 2020 の16日目の記事です。筑波大学情報メディア創成学類(mast)の人々が毎日記事を投稿しています。15日目はmast16:ポイフル先輩の担当でした。

こんにちは!mast17 / 筑波大学情報メディア創成学類の稲田(@nandenjin)と申します。ついに4年生です。最近した買い物は電鋸盤(重量14kg)です。ひとりぐらしの家に置くもんじゃなかったなと反省してます。

mastAdCへの参加も4年目です。昨年はなにしてたっけとひっくり返してみたところ、偉そうにポートフォリオについて喋っていました。そんなこともありましたね……。(完全に忘れてた)

今年は、制作絡みのことを発信し続けてたこれまでから一転の話題です。

みなさんは、つくばにあった「コズミックホール」という謎の施設をご存知でしょうか。

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いまはむかし、つくばで万博があったころ。「コズミックホール」は、映像といえばまだお茶の間のテレビであったような時代に、ぶっとんだ映像体験を作り上げたアトラクションでした。

個人的なきっかけからここ半年ほどこの施設のことを調べていたのですが、思った以上に楽しいトリビアだったので今回ご紹介します。

[突然の予備知識] つくば万博とは

現役筑波大生にとって「つくばで万博があった」という事実は、もはやモニュメント的伝説にすぎません。「万博の痕跡って何があるっけ?」と言われても、パッと浮かぶのはつくばエクスプレスの「万博記念公園駅」くらいでしょうし、大半の人はその公園すら行ったことがないですよね。🤔

Wikipedia先生に頼ると、つくば万博があったのは1985年(昭和60)、実にいまから35年前です。正式には国際科学技術博覧会といい、3月〜9月の半年に渡って48の国、37の国際機関と28の企業が、科学技術や文化の展示を出していました。

写真:茨城県Webサイトより引用

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こちらのにぎやかな光景は、現在の万博記念公園がある「第1会場」です。いまの公園も十分広いのですが、当時の会場はその4〜5倍のサイズがありました。大学でいうと、2学3学〜天久保池のループの中ぜんぶくらいの面積だったようです。ひろい。

写真:国土地理院Web地図より引用

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そして「第2会場」も存在します。場所はいまの駅前中央公園あたりでした。いまは科学館になっている、実物大ロケットが目印の「つくばエキスポセンター」は当時の日本政府館で、第2会場のメイン施設でした。今回の話題の中心はこちらです。

画像:Google Earthより。中央の施設がつくばエキスポセンター。

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建物にむかって右手前の角に、万博のエンブレムがついています。もう点灯しないんだろうか。

エキスポセンターパノラマ_1_comp

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このさき真顔で説明できる気がしないので先に断るんですが、つくばエキスポセンターは稲田の現バイト先です。いまは筑波大の学群生・院生が8人所属しており(mastも計2人います)、館内展示の案内などの業務を担当しています。めっちゃ子どもと触れ合うお仕事です。

1985年当時の映像技術とは?

さて、本題の「コズミックホール」ですが、これは現在の「エキスポセンターのプラネタリウムドーム」です。いまでこそ一般的なプラネタリウム(全天周映像)ドームになっている設備ですが、万博当時は本気の技術投入で作られた、現況とは違う尖った装備でした。

1985年当時の映像技術ってどのくらいのものだったの?調べてみたところ、カラーテレビの普及率が95%を超えたのが1977年(当時の8年前)。商用映像へのCGの採用は80年代に入ってからで、商用のインターネットはまったくの登場前でした。

CGをはじめて全面的に採用したとされる映画「Tron」1982年。1:42〜あたりの映像が、当時の計算機の能力と「かっこよさ」の概念をいい感じに表しているように思われます。

このほかいくつかの技術の歴史も調べた上での推測ですが、大多数の人はお茶の間や電気屋の店頭のテレビ(≠大画面)、もしくは映画館の映写機で映像に触れるのが多かった時代だったと思っています。

(@年長者の皆様 変なこと言ってたら指摘してください……🙇‍♂️)

コズミックホールの設備たち

こんな背景のもと作られたコズミックホールは、プラネタリウムを原形としつつも、いくつものメディアを組み合わせて見せることのできる、斬新な設備でした。

当時としては本当に最先端であったようで、採用された技術がいくつか論文になって残っています。ここではホール全体のしくみを網羅的に記述した「杉本・渡辺、1985(テレビジョン学会誌39巻7号)」を見てみます。

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ホールの概要については、冒頭で以下のような記述があります。

コズミックホールの設備は,恒久施設としての会期後の使途も含めて次のような特徴がある.
(1)高品位テレビの高精細,高品質の大画面(4.8m×8m)映像と,直径25.6mの傾斜ドームのプラネタリウム映像の2つを複合した展示ができる.これらは球状ドーム内に備えた立体音響や照明効果と相乗して新しい映像展示空間を創る.
(2)VTR,シネフィルムやスライドおよびカメラ等の大画面映像を使った国際会議場や,青少年の科学教育の場として活用する.
(3)映像ホールで上演するプログラムの制作ならびに大画面への投写のほか,光ファイバ通信回線を利用して,万博主会場からの高品位テレビ映像のインサートや東京および大阪のサテライト会場への映像送出などテレビの同時性,即時性を生かした展示とする.
図:「杉本・渡辺、1985」より引用

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実に盛り沢山な設備です。本文も読みつつ見どころをまとめると、

ドーム正面は開閉式、プラネタリウムと別に映像を投影するスクリーンを出すことができる
● 2種類の映像投影機(スライド・フィルム)
● ドーム内どこにでも向けることができるスライド投影機(謎)
● ドーム全体を色彩演出する照明
● ドーム前方床面のステージ、上方の照明(格納式)
● ドーム天頂のシャンデリア(格納式)

すごい気合いの入りようですね……。

写真:「杉本・渡辺、1985」より引用

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特に重要視されたのが正面の「高品位テレビ大画面」で、ドーム内を明るくした状態でも併用できるよう、通常とは逆にスクリーンの背後から映像を投射する仕組みになっていました。空間の使い方が贅沢な仕様です🏰

図:「杉本・渡辺、1985」より引用

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写真:日本学術振興会 卓越研究データベースより引用
Copyright © 映像情報メディア学会 2006, All Rights Reserved.

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この当時は液晶プロジェクタの登場以前のため、映写機はCRT(いわゆるブラウン管)を使ったものでした。カラーの映像を作るには、3つのレンズからRGBそれぞれのカラーフィルタをかけた像を投射し、重ね合わせます。

映像が非常に暗いのが難点でしたが、RGBの投影機を4セット積み上げ、像をスクリーン上で重ねあわせるという力技💪でなんとかしたようです。

12台の映写機の像をスクリーン上で重ね合わせる、誰が見ても大手間な仕事が発生しますが、こちらはなんと「スクリーンのすぐ裏面(映写機側)にレールを敷き、センサを載せたユニットを走らせて、ズレを自動で検知し修正するシステムを組む」というさらなる力技💪💪によって解決したそう。いまなら笑ってしまうような技術が当時は最新鋭だったんですね……。

写真:日本学術振興会 卓越研究データベースより引用
Copyright © 映像情報メディア学会 2006, All Rights Reserved.

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プラネタリウム・高品位テレビ・スライド投影機をはじめ複数の映像装置を備えたこの設備では、すべての装置を統合的にプログラムし、互いに連携させた番組が上映されていたそう。

従来にない映像表現で,これからの開発にまつものが多いが,会期中のプログラムでは,高品位テレビ映像は動きのある映像が基調で,実写やアニメーションなどによって具体的に理解しやすい映像表現を,プラネタリウムやスライドは,全体とその流れを表現している.その複合場面をつくるのが可動スクリーンで,巨大な映像ワイプ効果ともなる,音像移動や全天のマルチ音響を加えて個々のメディアの特長を生かした新しい体験の場を創っている.

いや、普通におもしろそうやん。見てみたかった……。

なお、当時上映されていた作品はあまり見つけきれておらず、松本零士のアニメアレイの鏡くらいしか出てきていません(館内の看板の残骸にいまでもタイトル標記が残ってたりする)。いまググると出てくる映像は、後年市販されたビデオ版だと思われるので、コズミックホールの演出設備を使ってたのかどうかもよくわかりません。ぐぬぬ。

論文にはまだまだおもしろいことが書かれています。興味のある方がいれば、📕 当該論文(無料でDLできます)のほか、日本学術振興会「発見と発明のデジタル博物館」の記事などもどうぞ。

実際に行ってみた

この数々の設備類は果たしていまどうなっているのか。その謎を解き明かすべく、取材班はアマゾンの奥地……ではなく、バイト先に行ってきました。

ちなみに、学生のスタッフ一同はプラネタリウムでの業務にほぼ関わらないので、バイト先だからといって知ってることはあまり多くありません🤔

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ふらっと立ち寄るだけでもずいぶんいろいろな痕跡を見ることができます。

まず、あたりまえですがいまのドームには、開閉機構はもうありません。ドームの内張りを交換したタイミングで可動部ごと殺してしまったようで、内側から見てもここに開口部があったとはわからない見た目になっています。

(よくみるとスクリーン下の壁にだけ継ぎ目があり、白いゴムシーリングで埋めた跡が見つかります)

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現行の投影システムは2006年〜今年(2020年)のはじめにかけてすべて入れ替わっており、機材の面でも当時の面影はありません。現在はドーム全天にプロジェクタの映像を出すことができるため、そのための投影機が壁際に計6台設置されています。

が、よくみるとなにやら明らかに年代の違う機材がいますね……。

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😐 おるやん。

先の「ドーム内どこにでも向けることができるスライド投影機」と思しき物体は、実はまだふつうに見られるエリアに残っています。

見れば見るほどおもしろい形をしています。きっと回転台に既存のスライド投影機を載せてくっつけたんだろうな……。現在の投影中には一切稼働しないので、なぜ残っているのかは謎です。

ドーム内にはほかにも、CRT方式を思わせる3眼の投影機(ボディがキャビネットと同じ色で仕上げられてるのとても良い)や、

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「高品位テレビ大画面投影機遠隔制御操作卓」(中身は不明)があったりします。いやド直球か。いずれも今は使われていなさそうです。

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ドームへ向かう通路には万博の資料の展示がありますが、ここに当時の恒星投影機(ドーム中央に置かれる、星を写す機材)も展示されています。
(仮にもスタッフの端くれなら展示物を先に紹介しろ)

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恒星投影機といえば、今でこそこのような球形の機材がほとんどになりましたが、この「一球一光源式」の投影機はこの機体が世界初だったそうです。それまでは、その名もズバリ「二球式」という投影機が主流でした。

プラネタリウムの構造の文化に触れると先が長いので割愛しますが、現在普及している一球式の投影機と傾斜式ドーム(客席が一方向に段になっている)は、この設備が元となって生まれたのではないかと推測されます。いずれも今のプラネタリウムでは広く使われている構造です。この展示、なにげにめちゃ貴重なのでは……?

展示横のパネルがわかりやすく解説してくれているので、ぜひ読んでみてください。

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あと、特段おもしろいものではないですが、前出の写真にちらっと写っていたスピーカーは、どうやら館内で別の展示に転用されたようです。現在のエントランスなどにしれっと置いてあるのがまさにそれでした。この写真だけで気づいたの褒めてほしい。

スピーカーハイライト

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型番と背面の製造番号を手がかりに製造元の松下電器(現Panasonic)にお伺いしたところ、すべて1984年製であると判明しました。ビンゴ!🎉

さらに、文献では姿を想像するしかない「高品位テレビのスクリーンとプロジェクター」「ドームの開閉機構」「番組の制作・調整室」は、驚いたことにドームの裏側にほぼそのまま残っているようです。ほんまかいな。

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ドーム裏手。画面左の突出した部分がプロジェクターの格納部、中央の上のほうが調整室です。もうコントラストの限界に達しそうですが、扉には「リアプロジェクター室」の文字が残ります。

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いまは展示物倉庫になっている場所なので非公開ですが、過去にはイベントで見学ツアーをしたこともあるよう。これが一番重要な遺産なことは間違いないので、将来また公開される機会を楽しみにしましょう。

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コズミックホールとプラネタリウムのこれから

万博が閉幕して35年。当時の技術の結晶であった設備は惜しくもほぼすべてが退役しましたが、現在のホールも、そしてプラネタリウムの文化も、また違ったカタチの体験を可能にしています。

記事の末尾に、プラネタリウムというプラットフォームの現在と、そこでのコズミックホールの役目を紹介します。

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エキスポセンターのドームではいま、星を写す専用の「恒星投影機」(コニカミノルタ Infinium-L)と、全天に映像を出すプロジェクタ(レーザ4K x6機)の2種類の投影機を併用しています。

このタイプのプラネタリウムは全国的にそこそこ普及しています。最初こそ天文学習の充実を図った技術だったと思うのですが、現実にはプロジェクタ単独でドーム映像を流す番組が誕生し幅を効かせているようです。エキスポセンターでも、現在入っている5番組中4番組が映像をメインに使ったコンテンツです。

写真:センターで季節ごとに配布している「プラネタリウムガイド」

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いうなればドーム型の映画館みたいなもんですよね。コズミックホールが実装した映像メディア的な手法は、このへんのさきがけだったとも言えるのではないでしょうか。

映画館のように映像ソフトとしてコンテンツを配給するビジネスも当然誕生しました。国内でプラネタリウム事業を手掛ける企業であるコニカミノルタのサイトには、常時数十本の配給作品が並んでいます。驚きの充実っぷり。

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このラインナップ、宇宙以外の科学分野・ヒーリング・アートなど、「天文解説でない番組も意外とある」のがわかります。生態系観察や理論物理、音楽鑑賞、あえて解説をしないで「星空を眺めるだけ」な番組もありますね……。

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プラネタリウムは天文学習のために発明され、日本でもそのほとんどが科学館的な運用をされています。そのため、どこの施設でも「天文にからめた内容 or 子ども向けキャラクター」の「長期投影」が中心になる、ある種呪縛的な傾向があるように思われますが、フルドーム映像という非日常なメディアの鑑賞施設として、これまでなかった客層へのアプローチがあるというのは、新たな視点だった、という人も多いのではないでしょうか。

これは当然、供給側である企業も注目していることのようです。都内のコニカミノルタ直営館(そういうものもある)では、コンサートや音楽番組、謎の18禁番組🔞が上映されるなど、新規層の積極的な取り込みを狙っていることが伺われます。

やや大げさかもしれませんが、天文学習からはじまったプラネタリウムは、新たなメディアコンテンツのプラットフォームへ変貌しつつあるのです。

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最後に、この業界の最新の動きとして、コニカミノルタによるクラウドを活用した新しいプラネタリウムビジネス戦略が発表されています(今年10月のリリース🎉)。

第1弾である「番組の入れ替えを容易化することで、より多くのコンテンツを利用できるようにする」取り組みは、エキスポセンターで実証実験がおこなわれたもので、完成品はセンターでも来年3月から実運用入りするそうです。

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効率的なコンテンツ配給により、上映館はこれまでよりも多くのコンテンツを自由に編成できるようになるため、来場者のリピート率向上に役立ちます。また、プラネタリウム職員のワークフローを改革し、生産効率を高めることで、創造的な業務への時間を生み出すサポートをします。
さらに、今後はドーム施設同士をつないだライブ配信も実施する予定で、プラネタリウムの情報発信基地としての価値を高めます。前出のリリースより、画像も同じ)

(番組導入はお金がかかる話だと思うので)すぐに目に見える変化が起きるかは不明ですが、かつて全く新しいメディア体験を生み出したコズミックホールが、形を変えつつも映像コンテンツ界の最前線にいるの、素敵だと感じます。

まとめ

35年前につくばにあった「コズミックホール」は、当時最先端の技術の詰まった施設で、驚くべき新しいメディア体験を届けました。時は流れて、プラネタリウムはフルドーム映像による演出ができるプラットフォームとしての新たな注目を浴びるようになり、そして(元)コズミックホールもいまなお、その流れを率いています。

つくばエキスポセンター プラネタリウムは、mastの拠点である筑波大学春日エリアから徒歩3分の最強立地です。まだ足を踏み入れたことのない方ぜひ。

現在(12月〜1月)は、小惑星探査機「はやぶさ」シリーズの作品を3本一気に上映しています。年に3本以上見る場合におすすめの年間パスポートは、最短1日で元が取れます()

謝辞

バイトが突然送りつけた7000字の記事をチェックし公開を快諾いただいた、弊バイト先ことつくばエキスポセンター(つくば科学万博記念財団)職員のみなさまに、この場をお借りしてお礼申し上げます。🙇‍♂️

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今年もアホほど長い記事になってしまいましたね!😇  最後までお読みいただきありがとうございました。

mast Advent Calendarはまだまだ続きます。明日はmast19の我らがnami(@nami_mast19)くんの出番です。どうぞお楽しみに。



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