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パンデミックで、バイヨン遺跡の象はどこに消えたのか

東南アジア観光といえば、象に乗るアクティビティが定番だった時代がありました。タイで象使いの免許が取れるなんていう話も聞いたことがあります。

最初で最後の象体験

私が人生で初めて(そして恐らく最後であろう)象に乗ったのは、2015年のベトナム・バンメトート近郊でした。高原バンメトートからさらに車で1時間くらいカンボジア方面に進んだ国境近くの森の中で象に乗れるということで、当時幼稚園生だった子供も親も皆ワクワクしていました。

象乗り場で並び、私たち家族の順番が来ると、ワクワクは哀れみと憤りに変わっていきました。高齢の象は痩せ細り、象使いは鞭で象を打ちながら無理やり私たちを乗せた象を歩かせて行きます。小さい子供にこんな光景を見せてしまったことを非常に後悔しました。自然の中を歩くとはいえ、コースは完全に決まっており、そのルートを象は延々と一日中歩いて新しいお客さんをコンベアー式に乗せて行ったのです。

衝撃を受けた私は、二度と象には乗らないと心に決めました。

(バンメトート自体は、ベトナムの農産物の一大生産地で、食事が非常に美味しく涼しい素敵な場所です)

バイヨン遺跡の象

その後シェムリアップに旅行で行き、初めてのアンコールワットに感激し、アンコールトム内のバイヨンの周りでは象が観光客を乗せて歩いていました。遺跡&象の組み合わせは情緒があり、バンメトートで見た象と比べると生育環境は良さそうでした。とは言え、あの体験を思い出し、もう象には乗らないと思ったのでした。

2018年頃に買った「指差し会話帳クメール語」にも、遺跡観光のページに象に乗る時の会話の例があります。

2020年に象はいなくなった

2020年の6月に、パンデミックで観光客が消えたシェムリアップに当時在住していたプノンペンから訪れました。

この時にバイヨンをトゥクトゥクで半周し、全くひと気がなくなったバイヨンからは象も消えていました。

最初に頭に浮かんだのは村上春樹「象の消滅」でしたが、その後「かわいそうなぞう」を思い出し、戦時中に殺処分となったあの象と同じような状況であったらどうしよう、と一人心を痛めていました。

どこへ行ったのか

先日、クメール語レッスンをしていた時に、ちょうど指差し会話帳の「象に乗る」のページを練習しました。
ここで先生とお互いに「象に乗ったことがありますか?ធ្លាប់ជិះដំរីទេ?」と聞き、私がベトナムでの経験を話すと、先生も「一度だけバイヨン遺跡で乗ったことがあります。遺跡の象はずっと涙を流していて、目の下に涙の筋が刻まれていました。それを見て私ももう乗らないと思いました」と言っていました。

そして聞くのが怖かったのですが、「あの象はどこへ行きましたか?」と聞くと、「クーレン山の麓に、フランス人が運営する象を保護するNGOがあります。そこで生活しているようです」とのことでした。胸のつかえが取れました。ずっと心に引っかかっていたことでした。

地元の名士による保護

たまたま次の日には、カンボジアのニュースサイトKhmer TimesにそのNGOのことが載っていました。

この記事を読むと、パンデミックで象がいなくなった訳ではなく、2019年には既にシェムリアップで象に乗ることを禁止する方向性になっていたとのことでした。
その頃にシェムリアップ生まれのフレンチカンボジアン、David-Jayaさんによって、クーレン山の麓に、観光業を引退した象を保護する自然区が作り出されたのだそうです。バイヨンの象も、今はここでリタイヤ生活を送っているとのことでした。

既に20年前にこのDavid-Jayaさんのご両親が同じ構想で象のための保護区を運営しようとしていたそうですが、時代がまだエコツーリズムに追いついておらず頓挫したそうです。

この記事を読んで更にホッとしました。バイヨンの周囲の道を通るたびに気になっていたことでした。

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