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親孝行とは

もう4年も前になるのだろうか。
 私が熊本に住んでいた頃、父が仕事の関係で熊本県の八代市で行われた勉強会に参加する際、私と母も観光がてら八代出張に同行した時があった(ような気がする)。父の用事が済むまで、母と私は八代市の温泉街を散歩する事にした。余所者の向けの洒落たカフェもセレクトショップもない、地元の人達の生活に溶け込んだ温泉街だったのを記憶している。

廃業したであろう旅館の跡が、そこかしこに静かに並んでいた。かつては宿泊客で賑わっていたはずの街並みはどこか哀愁があって、そんな側面すら、この街の魅力だと感じた。

目を引く門構え
大きな玄関


 二人で暫く歩くと大きな温泉宿が目に止まった。開けっ放しにされた大きな玄関。その奥の中庭から室内に光が差していた。目を引く宿の入り口に、「アイスコーヒー、あります」の文字。その日はなんだか蒸し暑かった気がする。アイスコーヒーを求めて、我々は恐る恐るこの門をくぐった。宿泊客ではない我々にも、旅館の方は優しかった。コーヒーを飲みに来た旨を伝えると、館内の応接室らしき部屋に通してくれて、豆菓子とアイスコーヒーを出してくれた。取り敢えず準備されたミルクと砂糖をアイスコーヒーに混ぜた。その横で母は
「良かね~!お母さんもいつか、こんな所泊まってみたい!」
となんとなく上ずった声で話していた。少し気分が良いのだろうと察する。
「そうね~、赴きあるし、良いよね」
簡単に返してみた。それから4年間この会話が私の記憶から抜け落ちる事なく、頭の隅に残ってしまった。というか、努めて忘れないようにしていた。

 約4年後、日奈久温泉へ再訪

 もう4年も時間が空いてしまった。母が未だにそれを望んでいるか、分からなかったが取り敢えず連絡を入れた。
『前にコーヒー飲んだ日奈久温泉のよか旅館覚えてる?泊まりに行かん?』
母、既読は早いが返信はそこからかなり遅い。
時間をかけて、一生懸命絵文字をつけて返事してきたのは下記内容
『あの八代の大きな旅館🏢♨️やろ?行きたか~❗️❗️』
であった。見事なおじさん構文に似たそれで、感心するまであった。人はある一定の年齢を迎えるとこの絶妙な絵文字と謎の構文を使いたがるようになってしまうのだろうか…。

そうして決まった母と娘の二人旅。行き先は熊本県八代市、日奈久温泉。

日中は、母が予約してくれたカフェへランチに行った。母も私もよく食べる方で、今回のワンプレートランチもペロリだと思っていたが、なかなか量が多かった。外食した時は、家族それぞれ違うメニューを頼んだら少しずつお互いにシェアする流れが、なんとなく定着していた。今回も母はそんなに大きくない自分のハンバーグを「食べてみらんね~!美味しかけん!」と私の返事を待たずに、皿に乗せた。まあまあの大きさで、残りのハンバーグはなんだか小さく見えた。25歳の娘に、未だハンバーグを分けてくれる母。いかに自分が大事にされていたのか、やっと気付く事が多い。遅いんだよな、なんか。私が自分の為だけに時間とお金が使えるうちに、できる限りの親孝行をしたい。何を以て親孝行になりうるのか、わからないし、それを決めるのは母なのかもしれないが。

私もお返しにカレーを食べさせようとしたら、
「それはよか。腹一杯。」と返された。そうかあ、と行き先を無くしたスプーンを、己の口に運んでみた。ひき肉の入ったドライカレーの風味が優しかった。

続いて、謎の観光地『くまもんポート』へ向かう。
名前の通り、くまもんの、港であった。と、言われて容易に想像できる人も少ないだろう。現地に着くと、そこはカオス空間が広がっていた。

 密集くまモン
ラスボスくまモン

雲っていたことも相まって、異様な空間になっていた。それはまるで相手の領域展開に呑まれ、呪霊と対峙してしまった呪術師さながらの気分だった。(アニメ呪術廻戦より)一方母は、「これなんの花やろか~」と、敷地内のお花を眺める事に徹していた。くまもんはいいのか。各々の楽しみ方をして、その後クーラーのよく効いたカフェでかき氷を食べて、寒すぎて完食できず、少し辛い思いをしながら、いよいよ宿へ向かった。

宿泊先『日奈久温泉 金波楼』

 そこは、創業100年を超えた国登録有形文化財に登録されている老舗旅館ということもあり、どこか厳かな雰囲気を纏った外観だった。敷居の高い旅館で、まるで私の身の丈に合わない場所だったらどうしよう。そんな不安を抱えながらチェックインをする。

いざ玄関を潜ると、いらっしゃいませと中居さんが出迎えてくださった。なんだかポップなTシャツを身に纏った男性スタッフも玄関に在駐していた。彼のTシャツのお陰で一抹の不安は綺麗に拭う事ができた。


美しく自然光が入る館内。冊子が作る、廊下の影が本当に美しかった。中庭の緑が、暗い館内ではっきりと色づき、よく映えていた。中庭には小さな祠と鳥居が構えてあったが、特に説明書きはなかった。
館内の明るさの殆どは窓から差し込む陽の光だとういう事に驚かされる。
とにかく、美しかった。

この後、この宿でのんびり夜を過ごす事になるが、続きは次回のnoteにて、つらつら書きたい。
おやすみなさい。

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