俺の月明かり、旅へと

俺の名前ゆうたらなんやろね。
俺は女やよ。俺の故郷では女は俺って言うんじゃ。
産まれた場所は山でな。やっぱり名前のない山やった。今でもないんじゃないかね?母親らしいそいつが俺と兄貴を産んで捨てたんよ。そう、兄貴とはあまり似てないけど双子じゃ。
そいつが逃げるようにどっか行きはった後、ちょうど木の実やら魚やら採りに来とった村人がそこおってな。
さっすがに俺も兄貴も生まれたばっかじゃどうしょうもなく、あーあー叫ぶ他出来ひんかったということやね。
その村人がまあ、村に連れて行ってくれはったんじゃ。村長には礼をきっちりせなあかんね。
俺の、村での名前はとくになかった。妹だったもんで誰彼もいも、と呼んどった。芋を洗う仕事もしとったしね。だからいもが俺の名前かもしれんね。
子供の中では一番強い男が俺の兄貴やったもんで、一と書いてハジメと読むのが兄貴の名前じゃ。兄貴は名前が欲しかったらしい。俺は女だし一番は取られへんかった。悔しいけど兄貴は立派じゃ。
兄貴は村の仕事を3歳からしとった。最初は水汲みじゃ。俺はばーさんに芋洗いと掃除を教わることになった。手際が悪いもんでよう叱られとったな。今でも火を起こすのは苦手な方じゃ。
村には電気がないもんで、夜になるとえらく静かで皆寝てるもんやから、ただなんとなく飛んでみた。猿がおって、木から木へ移るように飛ぶのを真似しようと特訓をしとったんよ。
そうこうしてるうちに俺は村を拠点に色々な山へ飛び移った。ほうぼうしとくんが楽しえーのよ。
だから10歳くらいの時、その日も山の木々に風切りながら飛んどった。木はえらく丈夫じゃから、俺くらいのちびは支えてくれるのよ。ええ山がずいぶんあって、そのうち村人をいつの間にか辞めとった。ナイフ一本で生きとった。兄貴とは生き別れのようなくらい会ってない。もう14歳じゃ。
そんで、龍と出会った。
変な時間やった。夜中の少し肌寒い、月がちょうど明るい秋じゃ。この辺の地域はどうやら南の方やろね。冬になってもなかなか寒くならん。木のウロに枯葉を集めて眠ると暖かく良く眠れた。
でもそろそろ兄貴に会いたいと思っていた頃じゃ。
実り豊かなその山に、何か話し声が聞こえた。
たしかに、俺はほうぼうし過ぎて村からえらく離れた場所におったかもしれん。
その声に聞き覚えはなかった。男の低い声が囁いておった。何を言っているのか気になって音を立てずに近づいてみると、3人の男たちがおって、俺の音消しは全然効果がなかったようで即座に気づかれた。
「誰だ」
最初に気づいたその男は茶色い瞳をもち、長い茶髪を垂らし、首には炎龍の刺青が入っていた。なんちゅう美男子なんじゃろ。兄貴が負けそうなくらい筋肉がようついとる。
俺は久々に人を見たもんで少し浮かれとった。
「ここ俺ん山ちゃうけど、あんたらこそ一体誰じゃ?見かけへん顔じゃー」
3人は黙って、じっと俺を見てはいるものの、俺は浴衣を着てはいたが男二人が裸で、炎龍の男も上半身裸だった。川水でどうやら水浴びをしていたらしい。
「ここ、使っていい山か?」
炎龍が警戒心を解かないまま俺に問うた。
「べっつに、村から離れとる。とくに問題はないんちゃうか?でも水浴びするならもっとええとこ知っとるよ。あったかい水が出ちょる岩山まで行けば、風呂炊かんと済むんよ」
おどけてみせたフリで両手に何も持っていないと伝えるため、手をひらひらさせておいた。
「温泉ってことか?」
今度はとっぷり首まで浸かって恥ずかしそうに顔を隠している白い肌に真っ黒で剛毛な髪をした男が訊く。
「ほーやね、あれは温泉じゃ。連れてったろか?そんかわしあんたらが村人になって仕事する。どうや?俺は仕事サボってほうぼうしとった旅人みたいなもんじゃ。帰るとしたらなんかは持っていかんと怒られて追い出されて仕舞いじゃ」
振り向いた3人目の男は堂々と小さな滝に頭を流しながら、
「村があるのか?龍、知ってたか?」
と仲間に目を向けた。この男の首には蝶々の刺青が目立った。青くて三つの点が両羽に描いてある。
「いや......そういえば、噂では、聞いたことがある。その村には剥ける魚があるって」
顔を隠していた手を剥がし剛毛が俺をしっかり見た。瞳も真っ黒や。
炎龍の男が、俺の方をじろじろ見つめた。俺は少したじろいだ。その男の目が鋭く、いつも研いでいる俺のナイフを握りしめた方がいいのかと思うほどに睨んでいた。
「魚は村のものか?どこにある?お前は連れてくと言ったな。食えるのか?」
矢継ぎ早に質問をされて、近くの木に飛び移り、逃げようか迷いながら、
「剥ける魚ゆうたらあいつじゃ。湖に住んどるそこそこでかい歯のある変な魚じゃ。捌くのが簡単で重宝しとった。村のもんっていうわけではないな。村に行かんでも湖で取って捌けば食える」
「味は?」
「甘い」
「甘い魚?」
「刺身にしてそのまま食べるんよ。めでたい日は必ずそいつじゃ」
そう説明すると炎龍の男の目が優しく変わった。
「美味いのか......」
恍惚といっていい顔を見て、俺はなんだかナイフを帯に忍ばせなくてもいいような気さえした。肩透かしじゃ。
「なんじゃ?飯の旅でもしとるんけ?」
「ああ、まあ、それがな」
炎龍の男がその辺の岩に腰掛けて、淡々と話しはじめた。どうやらこの男どもは、同じこの島(だったそうだ!)の隣にある干からびた魚くらいしか食いものしかないような街から来たそうだった。
「とにかく金のない街でな。親父は居たけど、なんかやらかして死んじまって。この二人は幼馴染でな。蝶々が言うには、少し泳げば辿り着けそうな島がある。秋は木の実が落ちてるはずだ、きのこもある、魚は川があるかもしれないぞ、とのことで、金儲けするよりは美味い飯がただで食えた方がいいしな。風俗街が俺の街だったもんで、もう15歳だし、そろそろ働けるかもしれねえが、なんかいい案があれば、この島とあの街から出ようと思ってる。それにしてもお前の言葉は、なんの訛りだ?」
「村訛りじゃろか?村長の真似しとっただけかもしれんね。子供の頃から兄貴が使っとったらうつってもうて。島からも街からも出るん?一体どこへ行くんじゃ?」
「飯屋をやろうと思ってる。お前、街を見たことがないだろう。剥ける魚を教えてくれるなら、街まで連れていってやるよ。このまま山々で生きるより、俺と飯屋で働かないか?お前、どうもいい声してるように思える。ほっぺなんか食ったらうまそうだ」
そいつを龍、と呼べる仲になった頃、俺は剛毛の名前が悠真で蝶々が優斗ということも知った。
お前の名前はなんだと訊かれた時、いもとはなんちゅうか名乗れず、なんかいい名前ないかねえと空を見上げたら、月が木々の狭間から覗いていて、「俺は月子と名乗っとこ」と名前がようやくついたのであった。

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