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ナナシの日記1


久しく表に出ずに傍観していました。そもそも彼の力が強かったので出れなかったというのが正しいか。

彼は友人達と話し学び多くの経験を得て楽しんでいた。
それ故に彼は傷つくわけにはいかないのだなあと。

複数の自分を持つことは主に活動する自分を護るために存在すると言われている。
存在証明のできない俺にも意味があるんだろうなと思いながら生きている。

個人的な観念ではどんなに間違えてもどんなに傷ついても人を嫌いになることはほとんどせずに好きでいるという傾向が強かったようにはおもう。

俺個人としては好き嫌いを選ぶのが得意な人間という感じではありましたが、少なくとも好きになれば自分の出来る範囲以上の事をしていたなあ。

恐らく人間関係でまた自己消失という形になるとまた消える可能性があるなあという実感。

大好きな人達を傷つけるじゃないかという自己否定の感情が一番あるからねえ。
大切であるからこそ過剰にいってしまうこともあるし、彼自身が今どうなるかわからない状態だ。

不安定な消失の危機だからこそ彼が外側に出続けているのだろうし、俺個人は傍観するだけかもしれないが、正直人格はなくならないというのは調べたりはしたが、消失に近い休眠は期間がみえない。

彼を知って俺を受け入れてくれた人は数人いるし、彼が今家族のようにしたい年下ではあるものの姉のように甘えている人もいるし、長年の兄貴分達と同じように慕っている人間もいる。

そんな新しい出会いのなかでまた不必要な感情をもった人間が触れてきたというのもある。
ナナシとしては警戒はするが現在は彼の力が強い。もし傷ついたら彼は消える。

さてどうしたものか。

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