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まだ僅かに 木漏れ日が揺れるから


4月某日。
仕事帰りにふと見上げた桜の木は、満開の薄桃色から葉桜に移り変わっていた。その葉の隙間から木漏れ日が差すと、とある曲が頭の中で流れ出した。
「明日を夢見て」という心情に至る状況はどんなだろう…… 自分の胸に問いかける。

ZARDの『明日を夢見て』は、今から19年前、2003年の4月9日にリリースされた35作目のシングル曲。作曲は大野愛果さん。

私は、ZARDのライブレポ(3/15公開)を書いた数日後にこの曲に出会った。
初めて聴いたわけじゃない……はず。名探偵コナンの映画の主題歌だったようだし、テレビや母が聴いていたりで、耳にしたことはあるはず。なんとなく聴き覚えもある。
でも、「ちゃんと」この曲を聴いたのはあの日が初めてだった。そして、一気に魅了された。
歌詞のひとつひとつが、あまりにタイムリーに胸に響いて。


夢のように 選びながら
この毎日を 生きていけたなら
もしもあの時 違う決断をしていたら
今頃私達(ふたり)幸せに笑っていられたのかな
本当は誰にも心開けない
傷つけ合って それでも また会いたくて
いつだってピリオドと背中合わせ
明日を夢見て 君のこと
信じていたいよ 寄り道もしたけど
二人の冷めた誤解 溶かしたい
信じていたいよ 寄り道もしたけど


夢を見て、悩んで、挫折して、後悔して。そんな、解像度の高い心理描写に胸を打たれる。

そして、最後の一節をとても美しいと思った。

まだ僅かに 木漏れ日が揺れるから


このフレーズは曲中に二度登場するのだけれど、一度目と二度目では少しだけ歌詞が異なる。

一度目(2番サビ終わり)は、

また僅かに 木漏れ日が揺れるから

二度目(ラスサビ終わり)は、

まだ僅かに 木漏れ日が揺れるから


「また」と「まだ」
たった一文字の違いだけれど、坂井さんのこだわりが感じられる。
(ちなみにApple Musicさんの歌詞表示ではどちらも「まだ」になっていて、最初は違いに気付かなかった。Apple Musicさん、ちょこちょこ歌詞間違いを見かける)

いずれも、心の中の描写がつづく中で、突然の情景描写にハッとさせられる。
情景描写は、ただ単に風景を映し取ったものではない。人の心の動きが感じられる風景や場面を描いたもの。そう捉えている。

「木漏れ日」が表現しているのは何か。
木漏れ日は「光」だし、おそらくこの曲の主人公はその光を見上げている。
足元に降り注ぐ光だって木漏れ日だけれど、少なくとも気持ちは俯いていないと思う。

光は、「希望」
光の方をじっと見据え、静かに信じて祈るような眼差しが浮かんでくるようで…… 思わず「美しいなぁ」とため息が出た。
こんないい曲に改めて出会えたことが、うれしい。

来月、私はまたひとつ歳を重ねる。
歳を重ねることに今まであまりネガティブな感情はなかったけれど、今は少しだけ怖い。
年齢だけどんどんいい大人になっていくのに、それに伴わない自分の未熟さが。「まだ若いんだから」で許されていたことも、そうじゃなくなっていくことが。
もう大人なのに、大人になるのが怖い。

でも、こんなふうに昔聴いた曲の良さに改めて気付けたりするのは、時を経てこんなに響くのは、さまざまな経験をしてきた今の自分だからこそ。  
だとしたら、大人になるのもいいよねと思う。


木漏れ日の描写について、坂井さんが答えているインタビュー記事も見つけた。

「そうですね。心の中のことをずっと綴ってきて、最後に目線をフッと外に移す、場面を切り替えたひとつ深呼吸するような感じです」

Music Freak MAGAZINE Vol.101 より)

そう、まさに場面が切り替わるようなイメージ。
あのワンフレーズで、聴き手も一緒に深呼吸することができる。

同じインタビューの中で、坂井さんはこんなお話もしている。

「明日を夢見て」という心情に至る状況はどんなだろう……と考えると、恋愛は勿論、死生観にまで及ぶ、生きていくための愛かなぁと気付いたんです。粛々と幸せを受け止める一方で、目の前の些細な事に翻弄されたり、感情に左右されたりしますよね。そんな所も歌詞として伝えたくて。夢という言葉も、拉致問題が大きくニュースで取り上げられ始めた頃、この方達を支えたものは「もう1度日本に帰りたい」という夢だったのかもしれない……と漠然と思い、そんな所からももっと世相を反映する詞、楽曲を創りたいと思うようになりました。今作は、どんなアプローチがいいのか、どうやったら“伝わる”のか“伝えられる”のかといった事を、根本から考えさせられましたね

Music Freak MAGAZINE Vol.101 より)


正直、驚いた。この曲に、そんな思いが込められていたなんて。
それを踏まえて改めて曲を聴くと、また感じ方も変わってくる。
感情を揺さぶる出来事が世界中でも個人レベルでも起きている今だから、尚更。


「夢」と言うと、叶えたい願いとか目標とか、そんなイメージがある。
でも、何か大きなことを成し遂げるだけが夢じゃなくてもいい。
心が折れそうな日々の中で、自分を支え奮い立たせてくれるもの。そういうものを「夢」と呼んでもいいのかもしれない。

そんな、人それぞれのさまざまな「夢」に坂井さんが心を寄せて書いた『明日を夢見て』
タイトルには、同じくZARDの曲『Today is another day』に近い意味が込められているのだとか。
「どんなに困難があっても明日、明日があるわ」と。
また、カップリング曲の『探しに行こうよ』には〈君の死を無駄にはしないよ〉というZARDには珍しい感じのする歌詞も登場する。

いずれも、“生きていてこそ”という共通のテーマが根底にある曲なので、気になった方はぜひ聴いてみてほしいな。

明日を夢見て 強がっては
夢の入り口に やっとせっかく立ったのに
誰にも 言えないことがあっても
皆それぞれだけど
お互い思いやりながら 生きている

後半部分の歌詞、こんなふうに生きていきたいね。

たくさんの選択をして、失敗も挫折もして今この場所に立っている。
辿った道のりのひとつひとつに後悔がないとは言い切れなくとも、私は私が選んだこの道を信じて光を見据えて歩いていく。今日も、明日も。



【おまけ】

4月某日の葉桜と、木漏れ日。


桜が散るのと入れ替わるように、ハナミズキの蕾がふくらみ始めています。
白や薄紅色の花が咲く木を探して、今日も明日も私は空を見上げるのです。

もちろん、足元に咲くお花もね。

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