【小説】夜寒

 冬が一層と深まり、暖房が手放せない季節。特に夜の寒さは厳しく、激しい風が窓ガラスをたたく音が聞こえる。お気に入りの音楽をかけていたのだが、風の音にかき消されてしまった。今夜は一段と空が荒れているらしい。雪が降らなければよいのだが。
 作業を中断し、ふと壁にかかった時計を見る。時刻は23時を指していた。通りで寒いと感じるはずだ。お風呂で温まった体はとうに冷えてしまっている。いくら暖房をつけていようと、なかなか体の芯までは温まらない。もう少しでレポートが完成するというのに。風の音や手足の冷えのせいで、集中力も段々と切れてきてしまった。
 
 いつ雪が降ってもおかしくないような冬の寒い夜。目の前には完成間近のまま進まないレポート。少し休憩をしようか。こんな時には温かいココアに限る。コーヒーでも、ホットミルクでも、紅茶でもない。いれたての温かいココア。これが私の決まり事だ。

 さっそくココアを入れようと、ノートパソコンを閉じて部屋を出る。暖房をつけていた部屋とは違い、キッチンはひんやりとしていた。早くココアを作ってしまおう。そうだ、ついでに湯たんぽにお湯を入れなければ。
 湯たんぽがあるのとないのでは、眠りの質が大きく変わる。気のせいかもしれないが、やはり冷たい寝床よりは温かい方が嬉しい。そう思いながらやかんへと水を注ぎ、そのまま火にかける。

 大学に入学してから一人暮らしを初めて、そろそろ1年が経とうとしている。実家にいるときもよくココアを飲んでいた。勉強をして遅くなった日の夜、塾から帰ってきた後、雪が降り積もる日のおやつ時。寒い日にココアを飲むことは、いわば私のルーティーン。缶やペットボトルのココアもたまに飲むのだが、やはり家で作るココアが一番だ。

 マグカップにココアの粉を入れ、そこに牛乳を少し注ぐ。そして、牛乳と粉を練り合わせてから、残りの牛乳を流し込む。電子レンジで数分温めたら完成だ。これが私なりのつくり方。お湯で作る人もいるらしいが、やはり私は牛乳派だ。マグカップを電子レンジの中に入れて、時間をセット。ココアが完成するまで、あと少し。

 電子レンジが鳴るのを待っていると、ふとテーブルの上のクッキーが目に留まった。昼間、友人から帰省土産にともらったものだ。レポートで疲れた頭は甘いものを欲している。アーモンドが練りこまれたクッキーは、それはもう魅力的だ。
 でも、今は我慢。ココアを飲むときはココアに集中せよ。特にそう決まっているわけでもないのだが、ココアを飲むときには何となくそうしていた。アーモンドクッキーは明日のおやつにとっておこう。

 そうこうしているうちに、ココアが完成したらしい。熱いから気を付けて、こぼさないようにと自分に言い聞かせながら、ココアを取り出す。よし、できた。カップからあふれる湯気が私の顔を覆い、ココアの香りがキッチンを満たす。ホッとするような温かさ。寒い中キッチンで待っていた甲斐があった。

 冷めないうちに飲んでしまわなければ。さっそくスプーンでカップの底をかき混ぜ、口に含む。うん、いつもの味だ。温かくてほんのり甘いココアは、なんだか懐かしい気持ちにさせる。昔から飲んでいるからだろうか。体の芯がじんわりと温まっていくのを感じながら、ゆっくりとココアを飲み進める。冬限定の最高の時間。この時間が昔から好きだった。

 カップに残っているココアはあと少し。ちょうど、火にかけていたお湯が沸いたらしい。やかんはピューピューと音を鳴らしながら、カタカタと蓋を震わせている。
 飲みかけのココアをテーブルに置き、火を止めた。お湯が温かいうちに湯たんぽを作ってしまおう。熱いお湯を湯たんぽに注ぎ、しっかり蓋をして袋に包み込む。やけどの危険があるから、ここは慎重に。

 作り立ての湯たんぽは温かい。このまま一緒にベッドに入って寝てしまいたいが、あともうひと頑張りだ。残りのココアを飲み干し、マグカップとスプーンを洗う。明日の朝ご飯は何にしようか。そんなことを考えながら、キッチンの電気を消して、湯たんぽとともに部屋へと向かう。
 ココアに満たされた体は、ぽかぽかと温かい。ココアのエネルギーは当分続くだろう。外の騒がしさも、あまり気にならなくなってきた。この調子ならばレポートも完成しそうだ。完成すれば、温かいベッドが待っている。温かい寝床に思いを寄せながら、私はもう一度ノートパソコンを開いた。

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