【小説】永遠の愛と反抗期

(百合表現を含む作品です)


 十六歳を迎える誕生日の朝、父に大事な話があると書斎に呼び出された。

 どうやら、私は不老不死というものらしい。それは遺伝性のもので、子を成すと自身は不老不死では無くなるのだという。

 初めて聞いた時は、まるで呪いのようだな、と思った。

 不老不死といってもある程度は成長するし、怪我や病気だってする。ただ、死なないだけだ。
 どんなに酷い怪我をしても、どんなに高熱に魘されようと、決して心臓は止まらず脈を打っていた。これに関しては実証済みだ。若さゆえの好奇心とは恐ろしい。若いといっても、生まれてから三十年経った頃に実行したのだけれど。

 決して、絶対に、何があっても死なないこと。そして、死ねないこと。これだけが私と普通の人間との違いだ。
 ただし成長はもう止まってしまったし、どれだけ歳を重ねても顔に皺の一つさえ出来やしない。

 父から話を聞いた時のことを、今でもよく覚えている。八十年前のちょうど今日。夏だというのにやけに涼しくて、過ごしやすい陽気だった。
 父の書斎に入ったのは、あの日が最初で最後だ。今までどんなに父にねだっても、部屋に近づくことさえ許されなかったのに。あの日だけは違ったのだ。

 書斎には、いつの時代のものか分からない骨董品や絵画、英語や仏語で書かれた本、綺麗な宝石が添えられたアクセサリーなどがずらりと並んでいた。リビングや客間に飾ってあるものよりも、ずっと豪華で煌びやかだ。きっと、あの宝石は本物だろう。子供の目から見ても、その全てが高級品であることがすぐに窺えた。
 ガラスケースに飾られた黄金のトロフィーや盾は、まるで何かを誇り、称えるかのようにキラキラと輝きを放っていた。
 父は先祖が書いたという分厚い本や家系図を開きながら、淡々と話を続けた。私は、静かに父の話を聞いていた。まるで学校の授業みたいだった。

「だから、お前も早く結婚するんだぞ」

 その言葉が、何十年たった今でも脳裏にこびりついたまま離れない。
 この呪いを解くためには、自身の子どもをもうけなければ。これが私の役目であり、責務なのだ。

 でも、結局私は結婚もしなければ、子どもだって作らなかった。これからも先も、そうするつもり。初めてお付き合いをした方が私より先に行ってしまった時に、もうこんな思いはしたくないと思ったのだ。私はどう足掻いてもあの人とは子を成せない。他の誰ともでもだ。あの時も、これからも。子を成すなら、愛することができる相手と。これは私の我儘だ。

 でも、これでいい。これでよかった。私はあの人以外の子どもなんて要らないし、私と同じ思いをするかもしれない子どもなんて産みたくない。

 机の上に飾った木製の写真立てを見つめる。写真の中の私は、今の姿と変わらぬまま笑っているし、彼女も笑顔でピースサインを作っている。私と彼女の左手には、色違いの指輪が一つずつ。
 お揃いのワンピースを纏いながら撮ったこの写真は、私の宝物の一つだ。彼女は「こんな可愛い洋服なんて、私に似合わない」なんて言っていたけれど、やっぱりよく似合っている。何十年経ってもそう思うのだから間違いない。私がおねだりして、半ば無理やり着てもらったのだけど。
 彼女は私のおねだりに弱かった。私はそれを分かった上で、よく彼女に甘えていた。一緒に寝よう、お揃いのピアスを買おう、手紙を贈りあおう。まあ、それも彼女にはお見通しだったのだろう。「しょうがないなあ」なんて笑う彼女の顔を見るのが大好きだった。お揃いで買ったアクセサリーや洋服は今でもクローゼットの中で眠っているし、手紙だって綺麗に保存してある。


 彼女が病気により若くしてこの世を去った時、私は全てを悟った。私が生きている限り、この苦しみは永遠に続くのだと。まるで、終わりのない暗闇に閉じ込められた気分だった。終身刑もいいところだ。何もかもが嫌になり、三日三晩、涙が枯れるほど泣き続けた。

 子を成さなせれば、またこのような思いを味わうのだろう。親しい人に置いていかれてしまう哀情。同じ時を生きては行けないという苦痛。後を追えないことに対する厭忌。そして、それらの全てから生まれる恐怖。

 ほんの少し、少しだけ。もう諦めて誰かとの子を、とも思った。そうすれば辛い思いなんてせずに済むし、恐怖に怯えることなんてない。そんなことは分かっていた。
 父の言葉が、何度も頭の中を巡った。あの言葉に従えば、きっと。


 でも、私はそれ以上に彼女のことを愛していた。私の髪を撫でてくれたあの手も、私を「愛してる」と言ってくれたあの声も、私を見つめるあの眼差しも、ぜんぶ好きだった。今も好きだ。大好きだ。どれだけ時が経っていても、昨日の事のように覚えている。みんな、思い出せる。
 誕生日に、私に内緒でお揃いの指輪を買ってくれたことも。貰った指輪は、あの書斎に飾られていた数々の嗜好品よりずっと綺麗だった。私にとって、最初で最期のプロポーズ。

 あの時間は、私の生涯からすれば確かに短くて、儚い一瞬だったかもしれない。でも、ぜんぶ私の中に残っている。暖かくて、毎日が幸せで仕方ない日々は確かにあったのだ。

 不老不死という呪いをかけたどこかの誰かは、私を不幸だと笑っているでしょうか。いや、もしかしたら家系が途絶えてしまうと焦っているかもしれない。
 でも、こんな風に過去へと思いを寄せながら、森の奥にある家でジャムを作る日々はそう悪くない。時々庭に来る猫に餌をあげながら、美しく咲き誇る花々を慈しむ。私にはこの生活が合っているみたい。それが例えこれから先、永遠に続いたとしても。

 だから、貴方の思い通りになんて絶対になってあげない。どんなに裕福で、経歴も資産も何もかもが素晴らしいお家でも、子孫を無下にしたら繁栄なんてしないわよ。そう、例えば、呪いをかけるとかね。

 我儘な子孫で、ごめんなさい。少しくらいは悪いと思っている。けれど、私に呪いをかけたのだから、おあいこよね。永い反抗期とでも思ってちょうだい。
 子どもの頃はいい子にしていたのだから、それくらい許してね。

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