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山の生活に親しんできたなと思う、東京散歩

パートナーに撮影の仕事があり、東京へ行って来ました。
ときどき大都会へ下ると、すっかり自分が山の生活に慣れてきたのだなあと、実感します。東京では駅についた途端、山の町で一日に目にする以上の人間が目の前を行き交います。東京は人が多い、という当たり前のことにクラクラします。

駅もとにかく巨大です。毎日のように、乗り換えのたびに通る新宿駅で右往左往していました。比べると、パリで最も入り組んだメトロの駅シャトレ・レ・アールすらこじんまりと可愛らしく感じます。

パリも大都市ですが、山手線の輪っかに収まる程度の面積で、東京と比べると随分コンパクトな街なのです。端から端まで気軽に移動できる距離に慣れていたので、東京を地下鉄で移動していると毎回思っていた以上に時間が掛かって驚きます。パリのメトロは次の駅が目視できるくらい小刻みに駅が連なっているので、5駅や10駅移動してもあっという間なのです。


こんなふうに東京に来ると、ついついなんでもかんでもパリと比べてしまいます。長く住んだ街が自分の物差しになるのでしょう。

東京という新しい街へ足を踏み入れるとき、未知の土地を理解しようとパリを取り出して、長さを比べ、大きさを測って比較します。眼前に溢れる膨大な情報を、ひとまず理解した気になろうと目と手と足を動かします。

きっとパリに住み始めた時には神戸の街が私の物差しだったはずです。神戸と比べることでパリを理解して行ったのでしょう。これから何年か長野の町に住むと、今度は長野の山の町が私の新しい基準となるのでしょうか。神戸に住んでいた頃は、大きな街の熱気やエネルギーや密度に憧れていましたが、今は東京のホテルの小さなシャワー室でいつもの温泉を恋しく思い、窮屈な電車の中で人口密度の低さのありがたみを噛み締めます。


都会特有の人の多さや窮屈な電車にたいする耐性をすっかり失ってしまったようです。移動するたびに疲れた東京滞在でしたが、大きな街だからこその魅力ももちろんありました。

たとえば撮影と下準備の合間を縫って巡った古本屋さん。これは山の町では味わえない至福の時間です。こちらに移住してからインターネットで本を買う機会が増えていて、それはそれで便利さに対して満足していたのですが、実際に本屋さんへ行って棚に並ぶ背表紙を追う悦びは比べものになりません。インターネットだとどうしても探しているタイトルにしか目が行かないのですが、本屋さんでは聞いたことのない本や作者に理由もなく惹かれ、手を伸ばす楽しみがあります。偶然の出会いの妙を味わえるのは断然本屋さんでしょう。

山の町と比べて大きな町に感じる大きな魅力は、本屋さんと映画館があることです。それに都会の活気も好きだから、ときどきは理由を見つけて東京へも足を伸ばしたい。
昔はパリに住んでバカンスで海や山へ行くのを楽しみにしていたけれど、今は田舎に住んで週末に都会へ遊びに行くのを心地よいリズムに感じます。自分の趣味趣向が変化していくのも面白いものです。


山へ帰って早速温泉へ行きました。筋肉痛が一気にほぐれ、心からホッとします。温泉を出ると澄み切ったひんやりとした空気が辺りを満たしています。山に囲まれた景色を眺めると、贅沢な気持ちになります。東京の街があんなに暑く湿気ていたのが嘘のように、2、3日留守にしていた間に、山の空気は秋の味を含んでいます。

この町に住んでまだ1年も経ちませんが、いつの間にか「帰ってきたなあ」と素直に思える場所になっていました。



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