マガジンのカバー画像

読書記録

54
運営しているクリエイター

2022年4月の記事一覧

山崩れを見る文学者の眼 『崩れ』

荒川洋治さんの新しい読書の世界というラジオ番組で耳にして気になった幸田文さん。ブックオフに行ってみると、一冊だけ筆者の本が見つかりました。やった! しかし『崩れ』というタイトルからは内容が想像できません。なんとなく官能小説っぽいタイトルだなあ、それに装丁にも惹かれない。でもあの荒川洋治さんが絶賛していたし、と思ってえいやと購入しました。 人は見かけが8割と言うように、本も装丁でピン!とくる本は読んでみるとやっぱり面白いことが多いです。でも人は見かけで判断できないとも言うよ

何も起こらないことの残酷さ 『タタール人の砂漠』

アニメを見ているときや漫画を読んでいるとき、主人公や主人公の親友ではない脇役の人たちはこのファンタジーな世界の中でどんな生き方をしているのかな、とふと考える時があります。 主人公は生まれつき特別な能力を持っているか特別な家系出身だったり、突然冒険の旅に出ることになったり、彼の人生にはドラマチックな展開が立て続けに起こるのだけれど、そうじゃない人たちは何をしているんだろう。 『タタール人の砂漠』の主人公ドローゴは絶対にアニメや漫画の主人公にならないタイプです。普通なら目にも止

荒川洋治・新しい読書の世界 エッセイの空間

最近noteを書くのが楽しくて、書くほどに新たに書きたいことが出てくるのですが、ふとこんなこと書いてなにになるのかなあ、自分は一体なにを目指してなんのために書いているんだろう、と思う時があります。 自分が楽しいから書けばいいのだけれど、書いているとだんだんもっと上手に書きたいとか、もっと分かりやすく伝わるように書きたいとか、自分の頭の中にぼんやりあるものをより明確かつ自分の気持ちにぴったりな形で書けないかなとか、欲が出てきます。 そもそも日記やエッセイ、個人的な考えの記録

『日の名残り』人生とは取り返しのつかない時間の重なり

カズオ・イシグロ著『日の名残り』は、長年豪邸に仕えた執事が短い旅に出る中で過去の思い出を振り返る一人称小説です。 あらすじを読んだ時は正直あまり惹かれませんでした。ところが読み始めてみると、これがもう読むのを止められないくらい面白い。小説の主題や時代背景に興味がなくとも、書き手が素晴らしければこんなに面白い小説になるものなのかと圧倒されました。 同じく一人称の独白で書かれた『わたしを離さないで』でも、一人称ゆえの情報と客観性の欠如がこれほど小説を豊かにするものなのかと、筆者

怒りの読書の処方箋

ちょっと前に、とある人気作家によるとある小説を読んだとき、読みながら抑えきれない憤りの気持ちが沸き上がってきたことがありました。本を読んで大人気なくこんなにイライラしたことは初めてです。ツマラナイのではありません。憤りを覚えるのです。 その主人公の思考回路や行動がどうにも受け入れられません。まあそんなことはよくあることでしょう。主人公が嫌いなタイプ=ツマラナイ小説ではありません。逆に自分と全く異なる趣味嗜好思想の人物だからこそ気になることもあるし、実生活では決して関わり合い