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【藤井風】人生に迷走したら風の声を聴け

さながらその声は一陣の風のようだった。
吹いた。しかし、凪いでもいる。
藤井風の歌は、ただそこに「在った」。

2020年4月、異例の新人シンガーソングライター藤井風がヒットチャートを席巻した。
ファーストアルバムはオリコンデイリーランキングのアルバム部門1位(5月19日付)、Billboardの総合アルバム・チャート1位(6月1日付)を獲得。

それどころか、デビュー前にすでにアーティストとしての到達点でもある渋谷公会堂でのワンマンライブを完売させている。もう一度言う、デビュー前だ。それまでの活動はYouTubeでピアノ弾き語り動画をアップすることが主だった。もちろん、そんなアーティストは他にいない。誰もがその音楽的才能を認め、羨望と尊敬の眼差しを向けている。
業界関係者の間で「あいつは本物の天才だ」と、話題に上ることが珍しくなくなった。

彼の魅力は様々なメディアで語られつつあるが、私は彼のメッセンジャーとしての表現力に舌を巻いた。

歌のテーマについて、本人がMV「もうええわ」の解説動画で「スピリチュアルすぎ?」と茶目っ気とともにこぼしたが、彼の曲では神や愛、そして本人は明言していないが悟りの境地が一貫して扱われている。

この曲の大サビでは、繰り返し「もうええわ」と切なく力強く歌われている。

「もうええわ 甘い夢ばっか見させんといて
もうええわ 要らんことばっか聞かせんといて」

J-POPに慣れた耳では、恋人との関係が破綻したかのように聴こえる。
ところが、この曲のテーマは「俗世からの解放」。

藤井風はこう解説する。

「この曲は『人生におけるすべての重荷の放棄』、『人生のあらゆる執着からの解放』を歌った歌だからです。(中略)わしらはみんな囚人みたいなもんだと思います。この世において何が大切で何が不必要化に気づくまでは」

ミステリーの種明かしをされたような気持ちになり、その言葉を念頭に置いて聴くと、先ほどまでの<うまくいかない恋愛を捨てた一人の男の投げやりな言葉>が、全く異なる様相を呈する。

スピリチュアルという言葉から連想されがちな胡散臭さはそこにはないはずなのに、純度を保ちながら強烈なメッセージを持たせていることに気づき、こんなメッセージの送り方があったのかと驚嘆する。

大衆に広く受け入れられるキャッチ―さと、法話にも近い崇高なメッセージを一つの曲に同時に込めるバランス感覚は並大抵のものではない。聴く人によってまるで奥行きが異なる構造の背景に、藤井風本人が繊細すぎるほどの感性を持ち、人の世で生きる中で傷つきながら気付きを得た過程があったことは想像に難くない。

このような言葉を紡ぎ、音に込めて、商業作品として世の中に出すまでの過程は複雑で困難なものであったはずだ。それらと対峙し、打ち克つことでこの境地に達したことでこの楽曲は今わたしの耳に届いている。これはまさしく僥倖そのものだ。

ところで、芸能人には売れるためのセオリーがあると言われているが、興味深いことに藤井風は当てはまらない。

それは、闇を抱えているかどうか。

人を芸能活動に向かわせるにはコンプレックスや複雑な家庭環境、強烈な原体験が欠かせないとされ、芸能プロデューサーやスカウトマンはタレント候補が片親で育てられたかを確認するほどだ。わたしが芸能マネジメントをしていたころ、一番密接にかかわった女性タレントを3名思い出してみたが、その3人ともが複雑な家庭環境の中で揉まれていた。

しかし、少なくとも今の藤井風には闇を感じない。

家庭環境が良好だと知られているが、それだけではない。

人は人として生まれて社会生活を営む限り、誰もが自身との葛藤や人間関係の軋轢の中で傷ついていく。その傷を消化し、昇華して見事な楽曲に仕立て上げたのは、本人の絶え間ない内省と自己研鑽の賜物でしかありえないと私は考える。

あれだけの光溢れる詞世界を描くには、闇に相当する経験も相当に重かったろう。闇の一つ一つと真摯に向き合い、自身の大切な一部として取り込んだことで、光と転化したのではないだろうか。

MV「キリがないから」解説動画で、彼はエゴを捨てるように呼び掛ける。

「過去、そして未来に執着せず今に集中しましょ。ワシらの悪い習慣、悪い思い、悪い欲望をぶっ壊そうぜ。だってそーゆーの、キリがないから」

実は不必要だったものに気づき、手放した後、人は本来の自分を生きることができるのだというクリアなメッセージが、楽曲を通して降りてくる。藤井風の楽曲は、聴くものを強く鼓舞したり、どこかへ駆り立てるものではない。せわしない日常生活の中で省みられることのない自分自身、その中心へと立ち返らせてくれる。
それも、聴くものの段階に合わせて、ごく自然に。

それにしても全く、恐ろしい成熟度だ。彼は若干23歳(アルバム発表時22歳)にして、すでにメッセンジャーとしての役割を極めて高い純度と正確さで果たしてしまった。繰り返すが、現代社会においてこれだけの透明度を保ちながらも、商業音楽として成功を収めるのは、あり得ないことだった。

すでに一種の到達点を極めた彼は、現在の視座をもって何を体験し、想い、表現していくのか。悟りの境地で送る日々から生まれる作品を待ち望む一方で、役目を終えた時にふいっと表舞台から消えてしまうのではないかとも危惧し、ただただ目が離せない。

「わしが信じとるのは、いつでも愛を選ぶこと。そして執着を捨てることが出来たら全ては上手くいくということです」

彼は、毎朝瞑想をしているという。

もしあなたの日々が迷走しそうになっていたら。

ぜひ、藤井風の楽曲に触れてほしい。
それはきっと、心の中の一番やわらかいところに気づかせてくれるから。


※画像は公式許諾のもと、本人Twitterよりお借りしました。


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