明るく楽しいだけじゃ救われない日もある
アメリカのオレゴン州ポートランドに住んでいます。雨の多いポートランドは、読書がはかどる街。午前はコーヒーとおやつ片手に、夜はソファにねそべって、今日も世界を読みかじる。
世界は不条理で、こんなにも理屈が通らない場所だったんだ。最近そんなことを痛感している。
こういうとき、明るく楽しいコンテンツが気晴らしになることもあるかもしれない。でも、そういうものが受け付けられないときも正直わたしはある。最近がまさにそんな感じだった。
それよりも自分の気持ちや環境を否定しないような、それでいて奈落の底にまでは落とさないような、「ちょっと暗い、ちょっと苦しい、でもパワフルな」作品が読みたい。そういうとき手に取るのは吉本ばななだったり村上春樹だったりするが、かれらの本はあらかた読んでしまった。どうしよう。
あ、そういえば、確かカフカって「不条理の文学」と言われていた気がする。ずっと読みたいと思っていたけど、カフカの作品は難解そうだから避けてきた。これを機にチャレンジしてみるか。さっそくkindleで検索、川島隆版の『変身』を見つけた。一ページ目でさっそく引きこまれた。
主人公が最初のページでいきなり虫けらになってしまった。この人、どうするんだろう?虫けらになった理由を探ったり、この状況を必死に解決しようとするのだろうか。そう思いきや、話は意外な方向に展開していく。
え!主人公ザムザ、自分が虫けらになっちゃったのに、超異常事態なのに、仕事に出勤できるかどうかの心配を延々としている。その前に心配することがあるんじゃ?しかも、他の社員に朝5時の列車に乗るかどうかを見張られているなんて、かなりのブラック企業勤めなんじゃないか。カフカがこの作品を書いたのは1912年。ブラック企業のサラリーマン勤めというのは、100年以上も続いてきたことだったのか…。知らなかった。
読み進めていくうちに、自分の中にメラメラっと興奮が立ち上がってきた。今すぐ向き合うべき明らかな異常事態が起きているのに、そこには対処せずに、いつも通りの生活に何とか戻ろうとしているこの主人公ザムザの感じ、まさに今の社会のあり方と同じじゃないか!元気溌剌じゃないどころか、もうお前は虫けらになっているんだよ!なんで次の電車の心配なんかしてるんだよ!会社なんて行かなくていいんだよ!つい、主人公ザムザに心の中で熱く語りかけてしまう。ザムザの心の動きは、正常性バイアスというのだろうか?
続きはネタバレしたくないので書かない。翻訳ということを感じさせない訳文で、短めの作品ということもあり一気に読みぬくことができた。カフカの『変身』には、感動するようなメッセージがあるわけじゃないし、別に読んで明るい気持ちにもならない。だけどこれを読んでいる間、不条理の世界に心で「ありえねえ!」とツッコミを入れながら、読書にのめり込むことができた、それが今の自分にとっての救いの時間になったと思う。
巻末に掲載されている川島隆さん(翻訳者)の解説が、学生に戻って面白い文学講座を聴いているような気分にさせてくれた。川島さん、ぜひ他のカフカ作品も訳してくれますように。
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はじめまして!アメリカに住んで約11年のNanaoです。ポートランドで日々コツコツと楽しみを見つけて生きてるよ。もしよかったら↑のリンクからInstagramも見てみてね。