先生の娘、辞めることにした(導入その2)

自分で自分のことがよくわからない。

そんな状態で、不妊治療に取り組むことになりました。

結婚して1年後、自然妊娠したと思いきや、子宮外妊娠でした。

それからしばらく妊娠できず、婦人科に通い、不妊治療専門院に通いました。

ちょうど社内異動した先がフレックスタイム制だったため、通院の都合を優先することができました。

1年で3回の体外受精。ただ、受精できたのは1回。あと2回は卵子すら取れず。

こんなに精神的にボロボロになっていくとは、覚悟の上でしたが辛かったです。

これと並行して、相変わらず仕事にも悩んでしました。

仕事辞めたい。妊娠したい。妊娠すれば育児休職があるから、辞めなくても休める。でも妊娠しない。辛い。そして仕事もいや。辞めたい。なんで私はこうなんだろう。自分が嫌い。

なんで辞めたいのか、なんで妊娠したいのか・・・なんで自分が嫌いなのか

そこが不明確なまま、複雑に絡み合って、不安や焦りが大きくなっていました。

フレックスタイム制で働けたことには満足していました。

でもそれも1年でまた異動となりました。

いわゆる現場の仕事で、シフト制となりました。

フレックスのように自分都合で仕事を進められません。

会社から与えられた仕事を、作業スケジュールに沿って、決められた時間まで行う。

病院通いはどうすればいいのだろう。早く切り上げて通院なんてもうできない。

私はその時、上部の事実のみすくって、仕事が嫌な理由にしていました。

でも当時は本当にそれが嫌だと思っていました。

そして10歳も年下の入社1年目の社員に業務を教えられ、(とても親切に教えてくれました)それが中々できない自分が腹立たしく、私の10年ってなんだったんだろう、なぜ今これを教わっているのだろう、そもそも私、なぜこれをやっているんだろうと常に考えている状態になりました。

会社でも「いいこ」を貫いた私の現状です。

会社の規定を守り、会社が求める人物になるべく、なんでも積極的に挑戦しました。希望の部署に行けるよう、資格を取ったり試験を受けたりして、希望部署に配属も叶いました。10年現場にいることが当たり前の中、現場以外での仕事ができるようになった私は、同期の中では、どんどん自分の道を切り開いているように見えることもあったようです。

読んでいて違和感があったと思います。

あれ、この人、ずっと辞めたいばっか言ってなかったけ?

どちらも事実です。

内側ではずっとモヤモヤ。辞めたいがウズメいているのに、外側ではまだ優等生を演じていたんです。内側では頑張ろうと思えないのに、

「頑張らなければならない」「選ばれる人間にならなければ」と呪文をかけて頑張れるんです。そういう時、モヤモヤに蓋をします。

ぎゅーっと押さえ込むんです。

努力してる私。挑戦している私。

会社の業務内容にこれっぽっちも興味がないのに、

「この事業をこうしていきたい。そして会社と社会に貢献したい」

なんて言えちゃうんです。

なりたくもないのに

「こんな指導をします。こんな管理者になりたい」

なんて言うんです。

今回の現場配属も期間限定でした。現場を離れていたので、一旦原点に戻り、それから今後の業務に活かす運用でした。

でも私はなぜか途端に耐えられなくなりました。

騙し騙しやってきたため、何も身についていないことを知ってしまったんです。

なにやってるんだろう・・・・・・

途端にいろんな感情が溢れました。今まで蓋をしていたものが、蓋を吹っ飛ばして噴火したようでした。

涙が止まらない。苦しい。

そんな状態が一週間。



ある日職場に電話をかけました。

「明日から休みます」




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