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勝手に1日1推し 99日目 「東京心中」

「東京心中」(上下~10)トウテムポール     漫画

本作は、絵津鼓先生のインスタライブで知りました。絵津鼓先生の作品は全て大大大好きで、新作の「メロンの味」も素晴らしかったです。心の機微に触れる優しさ、人間らしい営みの中で関係性が深まるストーリーは新作含め、どの作品にも通じており、そんな素敵な作品を描く先生の推し「東京心中」を知らずに死ねるか?!っという訳で、正に、穂村弘流「好きな人が好きなものに近づきたい」の法則にのっとり、手に取った次第でございます。

TV業界に入りたての新米AD、宮坂絢(みやさか けん)は厳しい先輩ディレクター、矢野聖司(やの せいじ)の下で働くことになる。現場は厳しく、悪態と暴言は当たり前、こき使われた挙げ句に辞めることを考えるが、ある日、映画の話をする矢野が見せた笑顔にふと魅せられて…。 Amazon

ほんと、マジ、本気で超超超超絶良かったです!!とても面白いんだけど、でもそれじゃなくて、私情も乗りつつ、その魅力はとてもじゃないけど語りつくせなさそうと言うか、何から伝えればいいか、分からず立ち止まり中、なう。です。矢野さんの作品作りの言、

主題は細部に宿る

の通り、本作の主題も細部に宿っておりました!!クリエイターとしての心得が実践(カメラの使い方や手入れ、演出方法etc)と共に描かれていて、そちらも見どころです。

で、私情と申しましたのは、私、学生時代から映画が大好きでして、矢野さんの発言が真理過ぎて、心掴まれてたまらんのです(ポール先生と嗜好が似ていて嬉しいとも言う)!しょっぱなから「青い春」が漫画より映画の方が好きなのとか、私的には納得しかなくて、「セントラル・ステーション」も大好きだったりして、一気に夢中になっちゃって、

いい映画は言葉ではうまく説明できないんだよな

とか

いいものを どういうふうに「よかった」と伝えるのは難しいことなんだ 

とか、もー、よくぞ言ってくれたって、感謝感心感激雨あられでした!

更に私事ですが、同じく学生時代、学芸員の資格を取る時に、企画展を1本立てる課題が出たのです。その時げあげたのが「80年代はロマンポルノだけではなかった!」と言うものでして、80年代の日活ロマンポルノ作品と商業映画についての思い入れもあり、矢野さんと重なったのです(しかも課題を先生に「いいね」と認めてもらえ、むふふだった思い出~)←7巻。おまけに仲の良かった先輩が卒業後、制作会社に就職し宮坂くん同様ADになったのですが、精神的に疲弊し、スウェーデンに旅立ったことも相成りまして、本作は私にとって思い入れがたっぷり詰まっておりました、って話です。あと、度重なる渋谷の109ー2描写にも親近感を感じちゃうって話でもあります。

さて、本題。

ポール先生曰く、ワーキングBL、はたまたAD宮坂の生活記録とのことです。大まかに言うとそうなるのかも。制作会社で働くことになった宮坂くんの日常を追った物語となっておりますので。彼は仕事に恋に悩み、とまあ、現実世界の若者と同じような日々を送っているのです。制作会社の番組作りと言う特殊な業界の内実が知れて面白いし、序盤の見どころは、そこかなあと思うのですが、宮坂くんの日常を一緒に過ごすうちに、仕事とは?働くとは何か?を考えざるを得なくなります。

宮坂くんは、かなりブラックな労働内容で働いておりますが、その職場は思いの外、居心地が良かったりするのです。どうしてなのか?人間関係が関係しているんだと紐解かれていき、それと共に自分自身がどういう人間なのか?何が原動力なのか?どうしたいのか?どうなりたいのか?本質的な部分が掘り下げられ、コメディタッチなので笑いながら読み進めてしまっているけれど、なかなか重厚な内容になっていきます。好きと才能、理想と現実に翻弄される彼らに、こちらも一喜一憂しちゃいます。

矢野さんは、映画好きが興じて制作会社で映像を制作しているのですが、脚本や作品作りは苦手というジレンマを抱えていて、一方、宮坂くんは特にこだわりもなく映像制作に携わっております。そこで出会った矢野さんという大好きな人と一緒にいたくて、仕事を続けているだけなのに、脚本や作品作りに非凡な才能を見せるという嚙み合わなさがドラマの1つになってきます。作品を一から生み出すことにおいて、徹底的な好きがノウハウを超えると言いますか、そこが面白いなあと思います。宮坂くんは、ただひたすら「矢野さんが好き」を基準に作品を作り続けていて、凄いのよ、ほんと。アッパレよ。たった数分の映像の編集だったとしても、矢野さん大好きを元に作ってる。素人の編集なんで、質が良いかっていったら全然良くなくて、それでも一部の人の心を捕らえ、確実に需要があるの。カメラの練習で撮影し編集した「矢野さんとブリとネコ」のという映像作品を後輩、橘くん(アメリカで映像の勉強をしていた経験者で父親は映画監督)に見せた際も、ライバルなはずの橘くんに

この映像欲しい!!!

って思わせるの。矢野さんを知らない人にとっては意味不明な映像だとしても、自分の作品の方が遥かに良く出来ていたとしても

オレの作った「映像」をこんなに欲しいと思う人なんか 間違いなくいない

ってなるわけ。そゆことそゆことそゆこと(by宇多田ヒカル)。宮坂くんの才能、おそるべし。彼の作る作品には、彼自身が投影され、思いと愛が詰まってるんだろうなあ。最終的に矢野さんが作中で上手く例えてくれていて、のどに刺さった小骨がやっと取れた!くらいすっきりしました。

本に例えたら 純文学タイプのモノを作るよな モノを作ってる最中は それをどう見られるか あまり計算しない 自分を基準にしてモノを作っていって だから見る側もどこで どう感じるか その人次第のモノになって

って、それ!!ほんとそれ!!そうなんだよなあ。面白いなあ。もともと読んでて、宮坂くんはものすんごく感受性が鋭いなって感じるし、周りや人やモノを良く見てて、しかも好意的に捉えてて、そういうところが、彼の感性を磨いたんだろうなあって感じます。複雑な家庭環境で育ったっていうのに、何でこんなに素直でいい子なの?宮坂くんは。って思っちゃうもん。毛深かったり髭がもっさりだったり臭かったり、リアルな男子像もいいです。

それから、矢野さんが橘に語る映画製作に対する熱い思いや考え方、客観的な作家性についての解釈(3巻)もすごく良くって、ぜひ読んでもらいたいです!モノを作る際にも様々なタイプがあって、どれが正しいっていうのはなくてって言う、そゆことそゆことそゆこと!序盤で既に宮坂くんの才能を見抜いてる矢野さんがかっこいいし、本当に映画(と宮坂くん)が好きなんだろうなって思います。

そして、メイン?!人生において恋愛とは?仕事と恋愛の両立についても深く考えてしまいます。そりゃそうよ、BLだからね!

宮坂くんと矢野さんは性格も考え方も育ってきた環境も正反対なんですが、その真逆の2人がそれぞれを補い合い、寄り添い、やがて家族になるまでがとても丁寧に描かれています。

仕事以外で他人と関わるの面倒

で、

映画より 人のこと好きになるとか 考えられへんし

と言い、寝る前に映画を見ないと眠れなかった矢野さんが、宮坂くんと過ごす中で映画を見なくても寝るようになったり、矢野さんのことが好き過ぎて、嫉妬や束縛をしてしまう宮坂くんに、

好きだ、好きだって 言い合うのが お前の「好き」ってことか

と、矢野さんが気付きを与えるプロットも秀逸だと思います。こういう小さなエピソードの積み重ねで2人の距離が縮まる様を描き、どのタイミングで明確にお互いがなくてはならない愛する人になったのか?というのは存在しなくて、自然の流れの中で至った2人の関係性や距離感が曖昧なままなのがとても正直で素敵だなあって思います。

最終的に言葉ではないコミュニケーションで気持ちを確かめ合ったことには、興奮を隠せませんでした!宮坂くんは自分の制作した作品で、矢野さんはセックスで、お互いが一番求めている形で、相手に気持ちを伝えた描写は天才的で、付き合うとか好きとかだけじゃない関係、すこぶる尊い繋がりが表現されていたと思います!BL界にあまた存在するカップルの中で、こんなに理想的な形で通じ合えた2人っている~?突拍子もないようで、当然至るべくして至った結婚って、いいな!

全11巻と長いですが、会社での一コマ、お家での一コマ、元カノ問題、ロケや旅行のエピソード、異動に纏わるあれこれ、とテンポよく展開し、ほっこりまったり、エッチな番外編も挟みつつ、絶妙の章題と言うかタイトルもついていて、本当に飽きない、どころか、読むのが止まらないです!本当に面白い!!矢野さん(仮)←猫~、大好きだあ。そして、宮坂くんの家事力をどうか私にも恵んで下さい。お料理がどれも美味しそう過ぎて、よだれ~。

それから、職場の先輩、松本ユカさんが度々放つ名言も必見!

てめー、女は女にしかムカツかねぇとか 勘違いしてんじゃねーぞ

とか、

アタシはアタシの仕事を けなされたことに 怒ってんのよ!! 好きなものの悪口言いたくなることぐらい あるでしょーがよ!! なんで仕事が恋愛より 下に見られなきゃ なんないのよ!! そういう価値観が あることに なんで気がつかないのよ 恋愛至上主義のヤツらはさあ!! そして男は紹介されるもんじゃねえ!! 自分で狩るもんだ

とか、最高にスカッとする!かっこいいよ、松本さん!立派なDになってくれ!!女性の描き方も清々しいんだよね。

最後になりましたが、各巻、多色刷り(?)のカラーの扉絵がポップで可愛くて楽しいのでお見逃しなく!ハァハァハア興奮冷めやらぬ、なう。矢野さん、宮坂くん、末永くお幸せに!!!

ということで、推します。

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