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いつか終わると知ってても、私はあなたと恋をする


たどり着くところのない恋がはじまるのは、なぜかいつも秋だった。

「じゃあ、また連絡するね」

当たり前のようにそう言って手を振る彼は、冷えた身体を心ごと、優しくあたためてくれる。

次も、あるんだ。

そんなちっぽけな約束に、喜びすら感じてしまっている今の自分は、もうこの感情に抗うことができないことを、頭の片隅で知っている。

自分の中でこの気持ちを恋だと認識する前に、今日この関係を終わらせようと思っていたのに、気づいたときには、既に後戻りができないところまできていた。

彼の分厚くて柔らかい掌、艶々していて張りのある肩、丸くて可愛らしい背中の感触を思い出すと、今さっきまで一緒にいたのに、もう彼の温もりを求めてしまっている。

次に会う時のために、明日は新しい服を買いに行こう。

そんな風に、日常の軸を少しずつ彼に合わせはじめているわたしは、もう完全に、新たな恋に両足を取られてしまっていた。




「この前のお店好きって言ってたからさ、きっとここも好きだと思って」

予約してくれていたお店にわたしを案内して、彼は得意げに言う。

うんと歳上なのに、澄ました顔が少年みたいに無邪気で可愛い。

こういう表情をしている時だけ、わたしたちの間に横たわる時間というものが、きゅっと縮むような感じがする。

「猫舌には熱いから、もうちょっと冷めてから食べた方がいいよ」
「あと何食べたい?これ美味しそうだよね。ああ、でもこれもいいなあ」

あくまでも自然に、そしてきめ細やかに。何かと気を遣ってくれる彼の心が愛おしくて、思わず笑みが溢れる。

「え、なに?なんで笑ってるの」
「べつに、なんでもない〜」

ちょっと不服そうな顔で、首を傾げながらこちらを見る彼は、いつもこんなに無邪気なのか、それとも大人の配慮で、歳下のわたしに合わせて振る舞ってくれているのか、それすら経験値の低いわたしには判断できない。

だから、彼にまつわる全てのことは、素直に受け取って喜んでおく。前回会った時から、そう決めていた。




「次、会う日決めておく?月末は忙しいって言ってたから、次に会うのは来月かなあ」

わたしに断られる、なんて可能性を全く考えたこともないようなごく自然な言い方で、彼は次の約束を気軽に口にする。

約束を口にできるのは、その関係性において主導権を握っている側のみができることだ、と、わたしは静かに心で呟く。

わたしには、彼に対して約束を口にする勇気なんてないし、たぶん、その権利もない。

「今日、どうしてまた誘ったの?」
「本当は、大事な人がいるんじゃないの?」

本当は今日、すべてをちゃんと聞こうと思っていた。けれど大事なことは結局何ひとつ言えず、次に会う日を決めたりなんかしている自分は、本当に愚かだと思う。

「じゃあ、また来月ね。またここも来ようね」

満たされたようなその笑顔が、どうしても彼の心から素直に出てくるものとしか思えないわたしは、彼にとってはただの子供なのだろうか。

彼と出会って、わたしは生まれてはじめて「早く大人になりたい」と思った。




とはいえわたしたちは、社会的にみたらもう充分大人という年齢だった。だから気になることがあってもすべてを聞くことはできないし、お互いに、言わない方がいいことの方が、きっと多いはずだった。

大人になってからの恋は、どうしてこうも唐突にはじまって、そして、儚く消えてゆくのだろう。

ゴールも目的も何もなくて、それなのに、気持ちをどんどん重ねてしまう。

このまま先に進んでも、得られるものは何もないのに。それどころか、足を踏み入れるたび、この恋は終わりに近づいていってしまうのに。

できることなら終わりなんて永遠にこなければいいのに、と思う。

いつかくるのだとしたら、その時をできるだけ、先延ばしにしたい。

だけどわたしたちのこの関係が、確実に終わりに向かって進み出していることは、さすがにわたしだって薄々気づいている。

はじまりには、終わりがつきものだ。
特に男女の関係において、それは絶対に避けられない。

わたしたちには、一つしか選べないから。
それがこの、世界だから。





「今日のご飯、本当においしかったね。次はあれ、食べてみようよ」

スマホのロック画面にメッセージが映る。

約束はできればしたくないし、思い出をこれからもっと積み重ねていくのかと思うと、もう既に苦しい。

だけど、それ以上に、わたしは幸せだった。

彼のことはまだ何も知らないし、分からないことだらけ。

食べ物以外の趣味の話はほとんど合わないし、好きな映画や小説の話をすると、どうしても年齢差を感じてお互いにはっとしてしまう。

年が明けてもこうして会っているのかすら分からないし、これから二人の関係性がどこへ向かうのかを考えると、頭を抱えたくなる。

だけど、そんな痛みや苦しさを上回るほど、わたしの心は優しさと愛おしさで満たされている。こんなにあたたかい気持ちに包まれるのは、いつ振りだろうと思うほどに。今が、たしかに、幸せなのだ。

それでいい。今は、それだけでいい。

どうせいつか終わりがくるのなら、今はこの気持ちに心地よく抱かれていたい。

この時間すらも幸せだったなあなんて、数年後の自分が、この恋を思い切り懐かしむことができますように。そんな小さな願いをかける。

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