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中原中也に触れ、知り、偲ぶ|酔ひどれ船 「愛するものが死んだ時には、」稽古場レポート

中原中也、詩、いのち、死ーー

チラシの裏面を拡大した写真。
詩人・中原中也の生涯を描く舞台のチラシです。

そこには、お話のあらすじが書かれているのですが、文字は色が淡く、とてもはかないのです。しかし、かっちりとした書体からは、芯のつよさを感じます。
さて、中原中也はどんな人物だったのでしょうーー

酔ひどれ船 企み事其之参
偉人志語り 「愛するものが死んだ時には、」
〜中原中也 86回忌に中也を偲ぶ〜


10月21日(土)・22日(日)の2日間、台東区の忠綱寺・本堂内にて上演されます。
酔ひどれ船は、役者である西嶋咲紀さんが2020年に立ち上げた個人企画。一人芝居「深海のオフィーリア」、現代会話劇「エゴ/エバ」と上演を重ね、3度目の公演となる本作では、初めて劇場を離れ、お寺での演劇公演を開催されます。作・演出は、じっぽん-Jippon-の山崎愛実さん。

中原中也は詩人として知られていますが、医院の長男として生まれたので、家族からは、医者となり院を継いでほしい……と期待されていました。そんな中也がなぜ、詩人となり文学を愛するようになったのか。中也は家族や友人の"死"に直面することが多い人生だったので、今作では、その"死"を軸としながら、彼が詩人となって亡くなるまでの生涯が描かれています。

中原中也記念館の後援も受けながら開催される注目作。8月から9月にかけて、私は2度、その稽古場を見学しました。

(左)キャストの涌井里菜さん
(右)キャストで、酔ひどれ船主宰の西嶋咲紀さん


《中也はなぜ……。母はなぜ……。》


8月半ば、稽古場に入ると、演出・キャストの3人が輪になって話し合いをしていました。内容は、登場人物に対する考察。作品に出てくる人たちは、心にどのような背景を抱えていたのか、みんなで一緒に考えます。

左に座っているのが、作・演出の山崎愛実さん。
3人で輪になり、中原中也と、彼と人生をともにした人物に、思いを馳せます。

山崎:中也の、人生を通しての一番の目的は何だったのだろう?どう生きたかったんだろう?

西嶋:人生のなかで中也は、弟や友人や息子など、多くの大切な人を亡くしてきた。けれども、辛くても生きたい。究極の詩をつくることが、今まで亡くなった人たちへの供養であり、自分の生きる意味にになると思っているのかな……

山崎:なぜ詩だったのだろう? 

西嶋:具現化度合いが高い気がする。

山崎:それは咲紀ちゃん(西嶋)の意見?中也の意見?

(やり取り、つづく)

山崎:お母さんは中也のことをどう思っているのだろう。

涌井
:本当は愛してあげたいけれど、"長男の中也"に対する周りの目を気にするあまり、文学に傾倒する彼にうまく目を向けられない。私は、中也の母は後悔の多い人、という印象があるかな。

山崎:目的をひとつ決めてみましょうか。「劇中で中也に〇〇してほしい」に当てはめてみると……

涌井:「いい学校に入って就職をしてほしい」

山崎:何のために?

涌井:安定感のある幸せを手にしてもらうために。

山崎:それでいってみましょうか。

西嶋さん演じる中也と、涌井さん演じる中也の母について、イメージの擦り合わせが行われました。同様に、涌井さんが演じる中也の妻、孝子についても丁寧に向き合う対話がつづきます。気がつくと1時間近く経っていました。

演出の山崎さんは、まるで俳優のカウンセラーのよう……。とっても細やかにキャストと対話し、登場人物の輪郭を描き出していきます。
山崎さん、もともと中也に詳しい方のようにみえましたが、実はこの脚本依頼を貰ったことをきっかけにリサーチを始めたのだそう。手元には中也の生涯について非常に細かく調べあげたノートが置かれていて、それをお守りのように携えていました。

とっても丁寧に!細やかに。
年齢ごとに、彼の生涯についてまとめられています。
中也のまわりに結びつくキーワード。
「死」や「母」「承認欲求」は、とても強く結びついているようです。
山崎さんは「中也は、目蓋の裏の”闇”の中にある光を見つめ続けた人だと思う」と、彼への印象をお話しされていました。
人生の早い段階(7歳)の頃に、弟を亡くした中也。その後も、家族や友人の死と多く向き合わなければならない人生を過ごします。


《考察した心が立ち上がっていく》


この日から1ヶ月ほど経った9月半ば。再び稽古場へ伺ったところ、西嶋さんの立ち姿がとても美しい!想いをもって稽古を重ねていたのでしょう。姿勢が真っ直ぐ凛としていて、舞台に立ち輝く様子が容易に想像されました。

作品の中盤、中也が妻の孝子との間に生まれた子供に対面するシーンから、立ち稽古が始まりました。音楽も流し、実際の会場に近い環境で練習。じっくりと考察していた登場人物の心情が、その場に輪郭をもって表れていきます。
西嶋さんは、中也の言葉をはっきりと、響く声で発する姿が魅力的でした。涌井さんは、そんな中也を孝子の視線で優しく見つめているのですが、やわらかい表情にとても惹かれました。

初めての息子と対面する、中也と孝子。

中也にとって初めての息子。その横に立つ孝子。2人の感情(特に中也の感情)は、非常に昂ぶっています。西嶋さんと涌井さんは、「キャラクターの感情の変化」と「舞台上での動きの段取り」を関連づけていくことが難しいと悩みをこぼしました。山崎さんは「立ち位置に動くということを目的にしないで、役としての衝動で動いていきたいね」と、アドバイス。また、舞台上で表情がよく見えるようにと、涌井さんに対し身体の向き方についてサポートをする姿もありました。
演出をつける山崎さんはいつも笑顔。中也のことを楽しそうに語り、キャストの不安に対しては優しく向き合います。公演は10月下旬。約3ヶ月にわたる稽古のなかで、一歩ずつ一歩ずつ、着実に本番までの歩みをすすめているようでした。


《自由を求めるエネルギーに惹かれーー》

西嶋さんは、高校生のときに中原中也をテーマにしたお芝居を観て、彼の生涯に興味をもったのだそう。自由を求めてもがき続ける中也のエネルギーに引き寄せられたのだとか。

今回の公演では、宣伝映像として、キャストのおふたりによる中原中也の詩の朗読が公開されています。映像は、中也の故郷・湯田温泉で撮影されたそうです(映像編集:鈴木達也さん)。
過去の人生を振り返る「頑是ない歌」、春の宵のなか、想いを静かに綴る「春宵感懐」、どちらも静かなリズムを感じる詩ですが、感情の機微にすっとふれられるような言葉選びの豊かさが魅力的です。



西嶋さんは「中原中也を知らない人にも観てもらいたい。その方々が、この舞台を通して中也をどのように捉えていただけるのか気になっている」と、中也と演劇への愛を感じる、キラキラと輝いた目で、上演への意気込みをお話ししてくださいました。

21日(土)に開幕します。そして、公演の2日目となる22日(日)は、中也の命日。この2日間はぜひお芝居で、中也の人生に触れる時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。

《公演概要》

酔ひどれ船 企み事其之参
偉人志語り「愛するものが死んだ時には、」
〜中原中也86回忌に中也を偲ぶ〜

<作・演出>
山崎愛実(じっぽん-Jippon-)

<キャスト>
語り:西嶋咲紀(酔ひどれ船/劇団Q+)
語り:涌井里菜
舞:池田富美

<公演日程>
10月21日(土)15時/18時半
10月22日(日)15時/18時半
※開演30分前受付開場
※上演時間約1時間(予定)

<会場>
忠綱寺 本堂
(東京都台東区池之端2-5-43)

▽ 詳細 ▽

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