日常の暗みを彩るワニの優しさ|くちびるの会 第八弾『猛獣のくちづけ』稽古場レポート
くちびるの会 第八弾『猛獣のくちづけ』 。
2月22日(木)より、下北沢のOFF・OFFシアターにて開幕する舞台です。「くちびるの会」とは、劇作家・演出家・脚本家の山本タカさんが立ち上げた創作拠点で、2014年より活動されています。
猛獣ーーチラシを見るに、ワニのことを指しているのでしょう。チラシには、ワニが瞳を閉じてチュッとくちづけをしている、可愛らしいイラストが描かれています。緑色のワニに、黄色の背景やピンク色のタイトルがポップに重なり、まるで絵本の表紙を眺めているようです。
ワニの恋物語だろうかと想像しましたが、なんと……「人」が「ワニ」に変身してしまう、という出来事から物語が発展していくのだそう!
公演初日まで2週間をきった頃、物語全体を通して演じてみる「荒通し」の稽古場へ、見学に伺いました。
ワニをどうアラワス?
この物語の主人公は、倉庫の派遣作業員として働く大貫(薄平広樹)。作中で最初にワニへと変身するのは、彼の同僚でした。そして徐々に徐々に、この世界では人間のワニ化が加速していきます。
大貫には、この不思議な現象に心当たりがあるようで、自分もワニになってしまうのではないかという恐怖からか、これを止めるための行動を起こしていきます。
舞台上でワニをどう表現するのか。テレビドラマや映画であれば、本物のワニを登場させて、そこに声を当てていくという作品づくりができるかもしれません(危険を伴いますが……)。一方閉ざされた劇場において、本物のワニを舞台上に登場させるというのは、なかなか難しいところ(ほぼ不可能……?)。
どんな服装をしていても「ワニです!」と言ってしまえば、そのひと言でそれを表すことができる“演劇の場”において、本作では、子どもにとっても分かりやすく馴染みやすい方法でワニを表現しているように感じました。劇場でワニに出逢えることを、ぜひ楽しみにしてください。物語のなかでワニが登場している時間は、チラシビジュアルと同様に、絵本的なやわらかい空気につつまれています。
今作は再演なのですが、『猛獣のくちづけ』公認マスコットキャラクターの、わにぞうさんによると、初演時には等身大のワニが出演したそうです!写真を見るに、ビニールのような素材でしょうか。今にもガブッと食べられちゃいそうな迫力です。
鏡を見るような日常の生活感
絵本の物語のような造形で、空想的な世界観を感じさせる一方で、日常の“生活感”もリアルに描かれていました。
まずは倉庫の作業。倉庫でのお仕事の雰囲気は様々だと思いますが、彼らが働く場所は、とても重たそうな空気が漂っています。重量のあるカゴを持って所定の位置に動かす。それをずっとずっと、繰り返します。単調な作業が続くことへの疲労は既に限界のラインを迎えているようで、作業員たちの表情は終始曇り。
そして彼らの関係性。大貫は、この仕事との往復しかない人生に孤独を抱えているよう。同僚の中西(佐藤銀平)も、大貫よりかは明るい表情をしていますが、立ち姿に孤独そうな寂しさを感じます。彼らより若い作業員の小須田(菅宮我玖)は、休憩室の隅でじっと黙ってゲームをしてばかり。峯田(喜田裕也)は社員登用の座を狙って上司の北村(近藤利紘)だけに良い顔を見せようとしますが、北村は作業員たちを、いつも冷たくあしらいます。
それぞれが自分の生きたいように過ごしているといえば聞こえはいいですが、やりがいなく働いているような物悲しさが残ります。
“あるある”と頷きたくなるような、多くの人が容易に共感できる、諦めが漂う日常だなと感じました。先ほどの、ワニをアラワスあたたかい世界とは反対のところ。
ちなみに、このどよんとした重みをつくりだしているのは、俳優陣の技術力の賜物だと感じます。大貫役の薄平広樹さんと中西役の佐藤銀平さんのやり取りは、間(ま)が、絶妙でおもしろいっ!大貫のゆったりとした話し方に、中西がやや速いテンポで言葉を返す。くすっと笑いをそそられる場面が多々あるのです。
菅宮我玖さんは、小須田役の猫背でのっそりとしたキャラクターの様子を、見事に体現されています。喜田裕也さんは、マスク越しの稽古場でも、峯田の野心的な様子が目のキラリとした雰囲気からヒシヒシと伝わりましたし、近藤利紘さんは、作業員をひどく扱う北村の怖さが秀逸で、休憩中も声をかけるのが怖いなと感じるほどでした。
また、この作品には大貫の家を10年も担当している宅配便のドライバー・相川(北澤小枝子)が登場します。一見とっても明るいお姉さんなのですが、このシビアな空気にどう絡んでいくのでしょうか……ここも見どころだと思います。北澤さんは、くちびるの会が考案した児童対象の演劇表現「紙おしばい」によく出演されています。北澤さんが客席へ向かって発する台詞の数々は、心地よく耳に届くので、聴いていてとても楽しいです。
空想が現実を彩り、日々を過ごす口角を上げる
荒通しの後はフィードバックを行い、冒頭のシーンを中心に細かな調整が行われました。
6時間ほどギュッと集中しながら稽古場を見学していたのですが、その直後に起きた私の変化ーーそれは、「緑色のモノを見つける度、頭の中がワニでいっぱいになる」ということ…………っ!?
緑色のカバンを見ると、その両端からワニの顔としっぽがニョキニョキと生えてきそうだなぁという思考に埋め尽くされたり、緑色のジャケットを羽織る人を見ると、もうそれはワニの背中姿にしか見えなくなったり……。それも、こわいワニではなくて、可愛いワニ。わにぞうさんの雰囲気に、近いかもしれませんね。
暗みが漂う現実的な日常に、絵本で描かれるような空想的であたたかい物語を優しく差し込んで彩る。その、ほのぼのとした空間にふれて、ほっとして、いつもより想像力が豊かになったからだと思います。日々を過ごすときの目つきが和らぎ、口角の上がる頻度が増えました。
お芝居を観て、はっぴーな気持ちになることはあるけれど、お芝居を観た後もずっと、日常生活でしあわせだなーと思う気持ちが続くことは、そう頻繁には起こりません。そんな舞台が観られるって、とっても素敵なことだと思いませんか。
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ココロミとトリクミのシェア
くちびるの会は、本作品の創作にあたって気をつけていることや考えたことを、「ココロミとトリクミ」としてnoteで発信されています。
オーディションでは、参加者が安心して臨めるようにするため、最低ギャランティを予め明記したり、答えたくない質問を拒否できる合図を事前に示す、といったトリクミなどを行ったほか、観客の観劇後の楽しみとして、チケット代にコーヒー1杯無料券を含めるというココロミを行うなどしています。
どれもシンプルなアイディアではありつつ、いざやろうとすると、煩雑さで足踏みする人が多いと思います。実行に移すのは、かなりの労力が必要なこと。実践して、それを周囲にシェアできることは、本当にすごいです。執筆サポートという新体制も、画期的。
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作品を魅力的に創作していくことと、その創作環境を丁寧に見つめながらココロミとトリクミを続けること。どちらの軸も、大きな旗をゆっくりと振るように、丁寧にバランスをとって歩みを進めている、素敵な団体さんだと思いました。まもなく、開幕です。ぜひ多くの皆さんが、劇場で観劇できますように。
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