見出し画像

愛はどうやって伝えてる?

小学校から中学校の頃は、アメリカで暮らしていました。

子供の頃はテレビが好きで、学校の後は真っ先にリビングルームに向かってテレビをつけて、画面に映るアニメやドラマの世界に吸い込まれた。ただ、その世界は「日本人」ではる自分の現実とはかけ離れた「アメリカ人」の世界だった。

小学生の頃のラインナップと言えば「スポンジ・ボブ」、「フルハウス」、「リジー&Lizzie(Lizzie McGuire)」、「レイブン(That's So Raven)」、「アバター伝説の少年アン(Avatar: The Last Airbender)」と、なかなかジャンルの統一感が見えないテレビ番組ばかり見てた。アニメからファミリーコメディ、色んな物語や世界観にワクワクした。

どのジャンルであっても、物語の筋はだいたいこんな感じ。主人公に失恋だったり、友達とか家族とのケンカで、何かしらの問題が起こるけど、最後はいつもみんな仲直り。「傷付けちゃってごめんね。大好きだよ。」と友人同士や親子が抱き合うシーンがとにかく刷り込まれた記憶がある。

家族はそうやって話合うんだ。と無意識に思ってた。

テレビの中だけじゃなかった。周りのアメリカ人もそうだった。バス停まで見送りに来た知り合いのお母さんは、知り合いの唇に軽くキスをして「I love you」と言ってお別れをしていたことを覚えてる。私は、親から「愛してる」て言われたことないし、家族とキスなんか恥ずかしくて絶対無理だと思ってたけど、そういう言動が愛情の証なのかな、と感じてた。

私の日本人の家族には感情を言葉にしたり、体で表現する習慣はなかったから不思議だなとは思っていたけど、私の家族は愛し合っていることを疑うことなく、すくすくと成長しました。今思えば、私たちはアメリカ人とは違った愛情表現があったのかもしれないと思える。

「お腹空いた?ちゃんとご飯食べた?」

「今日は外寒いからジャケット着て行きな。」

「夜ご飯作ってるからね。暗くなる前に帰って来てなさい。」

そんな日常的な、ちょっとおせっかいに聞こえる言葉が私を大切に思ってくれていた証なんだと思う。

家族は日本人。家では日本語を喋る。でも、一歩家に出れば近所の住民はアメリカ人、クラスメイトもアメリカ人、テレビも当たり前だけど主役はアメリカ人。日本人としてアメリカで育った幼少期には、こういった経験の日々でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?