世間は美人に冷たい

先週、夏の楽しい予定の一つをキャンセルした。結果として、自分と向き合う時間に充てがうことが出来たから良かったけれど、結構凹んでいる。

事の発端は数週間前に遡る。
「BBQしよう、久しぶりに会いたい」
親友からの連絡に、脳内でカレンダーをめくり、すぐさま承諾をした。
しかし彼女はその後「他にも私の友人を誘っているんだけどいい?」と続けた。話を聞いてみると、それは所謂「合コン」だった。
「男性陣がね、メンバーの写真見て『もっと可愛い子連れてきて』ってしつこく言ってくるから、あなたの写真見せたの。あなた、私の友人の中で一番美しいから。そうしたら『この子連れて来て』ってしつこくて」
こう続けた友人に
「そんなの、行かない」と私は伝えた。
こう見えても人見知りである。
知らない人間が運転する国産のワゴン車も嫌いだし、どこの馬の骨とも知れない人間が調達した肉など食べられるものか。
そう言い募る私に、彼女は
「一流企業と銀行の人だから大丈夫だよ。今度中目黒で顔合わせしよう」
と言い訳をした。
「でも、お金かかるでしょう。私そんな無駄なお金使う余裕ないわ」
悪あがきのように私がそう言うと、
「女の子は払わなくていいようにかけあってみるよ」
と返事が返ってきた。私は溜息をついた。彼女はそれを承諾と受け取ったようだった。

先週、BBQの数日前に中目黒で行われた顔合わせに、結局私は参加することができなかった。
初めて参加する合コンに、少しだけ浮ついた気持ちでいたのは否定しない。大学時代の私は、友人達に「あなたが合コンに来たら私達男捕まえられないから、来ないで」と言われ、参加することが叶わなかったのだ。
事前に伝えられていた開始時間は、前日の連絡では一時間早まっていた。
私はその日収録があり、時間の変更に対応することができなかった。収録を終えて友人に連絡をすると「これからクラブに行くからそこに来て」と返事が返って来た。爆音の鳴り響く薄闇を想像したら、途端に気分が沈んだ。
「私、クラブ嫌いだから行かない」
そう言って私は帰路に着いた。

帰り道、電車に揺られながらずっと考えていた。私は今まで、信頼する人間としか食事を共にしたことが無かったのだ。信頼する人間の運転する車にしか乗ったことが無かったのだ。
まだ見ぬ男性達が、信頼に値する人達なのかどうか、私は判断する手段を奪われている。目隠しをされてハイエースに放り込まれる女性の図が脳裏に浮かぶ。
時折車内のあちらこちらから感じる男性の目線を、射るように見返す。男達は怯えたように目線を下に逸らす。八つ当たりだとわかっていても、やめられなかった。
最寄駅に着く直前に、私は携帯を開き
「やはりBBQは遠慮します」
とメッセージを送った。

彼女からの返事は翌朝に届いた。
「どうして行くのやめるの?メンバーがだめ?現実問題、キャンセル料発生しちゃうんだけど」
朝の食卓で吹き出した私を、母は怪訝そうな目で見つめた。
私は一連の流れを母に説明した。
「これ、なんてAV女優の勧誘劇だろ」
私がそう自嘲すると、母は「大変ねぇ」とだけ言った。
自室に戻り、
「メンバーの可否を判断できるほど、判断材料が与えられていない。キャンセル料についても、そもそも参加料金について説明を受けていないのに、払えるわけない」という旨の返信をした。
「ごめん、貴女だけ無料だったの」
すぐにそう返事が来た。
「無理やり誘っちゃったし、貴女の参加費は男性陣が負担することになっていたから、キャンセルって言いづらくて」
私は憤怒した。

「先輩は美人だから、付き合う人が羨ましいです」
「君は男性に人気だから」
「美人って得するでしょう」
これらの言葉に、私は
「生まれてこのかた自分以外になったことがないからわかりません」とふざけて答えてきた。
けれど本当は、私は羨ましいなんて思われたくなかった。
私のことを私として見て欲しいと願うのは、身の丈に合わない欲求なのだろうか。
美人が得するなんて、大嘘だ。
「美しさ」に価値を見出され、それに人々はかしずくけれど、そんなの全然ありがたくもなんともない。彼らは私を見ずに、その美しさに対価を支払う。
美人は、自分の矜持を守りきるために苦しみ続けなくてはいけないのだろうか。

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