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朝から湖の畔を散歩するに至った理由

朝の自然は特別だ。

思えばプチフランスというテーマパークの、大して設備の良くない宿泊所によく泊まる理由は、誰もいない朝のフランス庭園を楽しむためだった。

プチフランスに行かなくても、近くの湖だって朝の自然の独特のヒーリング効果は感じられるものの、20分に一本しかないバスに乗って朝から出かけるのはかなり億劫だ。

でも、今日は違った。
極めて特別な理由により。

2月25日のお知らせ

私は韓国に住んでいて、子供はこっちの公立小学校に通っていてる。
クラスの半分は2キロ以上離れたところから通っているという、ちょっと変わった学校だ。
家も学校までの距離が4キロで、とても子供が歩いて通う距離ではない。
家の近くの広い道路は大きなトラックの行き来が激しく、信号無視もしょっちゅうだ。

以前は学校の近くの塾が家の前まで来て、毎朝子供を学校まで送ってくれていた。
でも、コロナ以降売り上げが落ちた旅行会社が”塾が不法行為をしている。塾に行くならともかく学校に送るのはいかがなものか”と行政に訴えたのだ。

こうして旅行会社が朝の通学バスとして強引に参入したはいいが、赤字が続きなんと数ヶ月で撤退!
この地域の子供たちは学校まで行く”足”を失った。

町内の賢いお母さんは、この旅行会社が参入すると同時に学校と市に掛け合い、スクールバスを出して貰うことに成功した。

それが一昨年の秋頃だっただろうか。


問題は多いながらも、スクールバスは運行していた。

しかし3月2日の新学期が始まる直前、2月25日の金曜日の夕方学校からのお知らせが来た。
「スクールバスの運行は早くて4月の中旬になります。」

これには当然、町内の父兄が腹を立てた。
もちろん私も学校に抗議の電話をしたが、教頭の説明が”誤解を解こうと思います。お知らせが読めないお母さんたちがこのように、学校に問い合わせをして来ますが、学校は早くからスクールバスの運行の案を教育庁に出していました。しかし、教育庁の決定が遅れたため、バスの入札まで時間が掛かりました。バスは入札してから最低1ヶ月は法的に運行できません。そのことは私たちもとても残念に思っています。」

私は、新学期にバスの運行が間に合わないこと自体が異常な事態であるにも関わらず代替案がないことと、間に合わないとわかった時点で知らせなかったことは業務怠慢であると抗議した。

教頭は全て教育庁が悪いと言っていたが、後にスクールバス運用の案を締切を過ぎて提出していたことがわかる。

スクールバス運用にあたって、市に掛け合っていたお母さん達の情報網を甘く見ていたのだろうか。

そしてついに、私は教頭の言う”誤解”がどの部分を指しているのか見つけることはできなかった。

夫に言わせると”いちいち腹を立てるな、当たり前のことだ。ミスを認めると教頭はクビなんだ。そりゃ全力で回避するだろう”

…だそうである。


市営バスでの通学

小学生でも、毎日通る道のりくらいは覚えているものだが、家の子供は5年生になってもそうは行かない。
1年生の頃から、バスに乗るたびにゲームばかりしていないで道を覚えるように言っても聞かず、何がどこにあるか大体のことも未だ把握できていない。

今朝、とうとうその皺寄せがやって来た。

いつも何も考えず、黙って人の後に着いていく性分の彼は、学校までどのバスに乗ったらいいのかさえもわからない。

今朝それをかなり細かく教え、教えたことを復唱させた。

かなり不安である。

”明日から一人で通わないといけないからしっかり覚えてね”
と脅したが、あの様子では明日も私が着いて行くしかない。

バスの停留所の名前も覚えてないだろうに、バスから降りても携帯ばかり触っていた。

一つ目の横断歩道を渡っていると、”おにいちゃ〜ん!”小さな男の子が走って来て手に持った風車を自分で作ったと自慢しに来た。

同じ塾の小2の男の子だ。

人見知りもせずよく喋る子で、とてもかわいい。
途中お餅屋さんに突然入って行ったときはびっくりして様子を見に行ったが、そこにはお餅屋さんと風車を回して笑うあの子の姿があった。

あと一つ角を曲がれば学校、というところで私は二人に”いってらっしゃい”をして帰りのバス停に向かった。

”今日は買い足すものもないし、このままあの湖のある公園に行こう!”

そう決めてバスに乗った。

朝の湖

意外と人の多い朝の湖はそれでも静かで、日常生活の重荷を置いて行くことを許してくれているようだった。

湖の周りを一周する頃にはかなり心が軽くなって、うっかり許すべきでない色々なことさえどうでも良いと思ってしまう。

様々なことが重なり、この贅沢な時間を過ごすことになったが、これからも頻繁にここに来るかというとそうでもないだろう。

ただ、行き詰まった時の行動の選択肢を一つ得たし、それはかなりの収穫のような気がしている。

久しぶりに割らずに齧ったクッキーはとても美味しかった。

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