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2020.7.6-11 雨音のまどろみ、通りすがりの珈琲、チョコレート色に染めた髪

雨の降る夜に小窓を開けていると、家の外壁を伝い落ちる雨粒が大きくなったな、と感じられるときがある。そのすべるような跳ねるような音が好きで、雨の日は小窓を開けている。

週の初めも、そんな夜だった。さらさらにほんの少しざらっとした感触の混じるシーツの上で肌を泳がせるようにしながらうたた寝するうちに、雨粒の滴りはどんどんくっついて連なって。まどろみがちに雨音を楽しんでいると、次第に窓の外はざわつくような大雨になっていく。どんな野分のときも構造的に雨水が入ってくることはないのだけど、ふらふらと立ち上がって小窓を閉めた。胸が騒ぐ雨だった。警報も、ずいぶん鳴った。

*  *  *

雨がおさまった週の中日、美容院に行った。
私はいま、家の外はたいへんな猛暑だと思い込んでいるので、外に出るとそこそこの暑さであることに驚く。驚いていたら、なぜか推し書店にいた。おかしいな。首を傾げつつ、「これで本を買ってください」と言っていただいたお金で本を数冊買った。欲しい本がたくさんあっても、棚を眺めているだけでなんだか胸が塞がれるような気がして、あまりたくさん連れて帰れないこともある。この日は、そういう日だった。

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長らく私のエコバッグはYoda HidemiのCotton Bookで、十年近く使っている。本や複写や何某かを詰め込まれてきて育ち、古書のようにくたんくたんになっている。たたむと本のかたちになるというだけで愛おしいのに、B4がすっぽり入る上、軽やかなのに丈夫。袋が有料になったことについては、少なくとも推し書店へのささやかな支援として、また本が傷まないか気がかりなので、ときどき買うことになるだろうなと思う。

そのあと、MARKS&WEBでグレープフルーツとユーカリのスプレーを買った。私はリネンスプレーとして愛用しているけれど、商品としてはボディ&フェイススプレー。知らなかったけど、季節限定品らしい。
この香りをお風呂に入る前にベッドリネンにひと吹きしておくと、眠るときにふんわり気持ちがいい。クリーンすぎずフレッシュすぎない清潔な香りで、薄荷が入っているせいか少しひねりがきいていて気に入っている。

美容院へ行く道すがら、素敵な珈琲店をみつけた。一枚紗がかかったように夏から遠ざかって静かなそこは、落ち着く空間だった。

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夏でもお酒以外は温かいものしか飲まないのだけど、この日はアイスカフェオレとガトーショコラを頼んだ。

綺麗に二層になったカフェオレは珈琲のちょうどよいコクや苦味が丁寧にして、やさしく喉をすべり落ちていく。暑さに倦んだ身体にしんみりと沁みる味だった。個人的に、ガトーショコラというデザートは、とりあえずというかたちで用意されることが多いように感じていて、あんまり期待値が高くなかったのだけども……そんな勝手な心づもりを静かに裏切られるような味だった。乾きすぎでもしっとりしすぎでもない、口に入れるのにちょうどよい食感の生地とほんのり薫る甘み。そしてすこしだけ火の通り加減が違う上の部分が、ほんとうにおいしかった。

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アイスのカフェオレもガトーショコラも、若干の物足りなさを感じることが多いメニューだったから嬉しくて、おいしかったです、と何度も言って出た。また来よう。そう思ったこともあり、そのあと美容院でトリートメントの予約を入れた。次もここでお茶してから行こうと思って。

寄り道しながらたどりついた美容院は、ここ一年くらい続けて通っているところ。店内はほどよいお洒落さで調和されていて、細部を見つめるのが楽しい。でもそのお洒落さはばちばちっと決まりすぎてはいなくて、最初に調えたあとはざっくりと受け継いでいるんだろうな、というトーン。あと、入ってすぐのところに大きなダイニングテーブルが据えられていて、自己啓発系の本がずらりと並んでいるのをちょっと面白がってしまうのだった。小説をあんまり読まない人のセレクトなので、違う人の本棚を覗いている気持ちがとてもする。そこに、MAD et LEN のポプリがさり気なーく置いてあるのにも、ひそかに痺れている。こういう、ちょっと小洒落た電源タップを使っているのもいいなと思っている。

ステイホーム中にセルフカラーをしてこっぴどく傷んでいた髪を、だいぶ見られる状態まで戻してもらった。ガトーショコラを味わったあとだったので、「チョコレート色にしましょう」と言われて「ではそれで」とお任せした。髪に使う色は、紙や画面に置く色とは区分けが微妙に異なっているように感じられて、面白い。いちおうケアをしていたつもりではあったけど、髪を乾かすたびに指通りが悪いのがわかってゆううつだったのがなくなった。もうセルフカラーなんてしない。

最初に行ったときからずっとお願いしている店長さんは、本を読んでいてもおしゃべりしていても落ち着かない気持ちになることがない人で、私に対してもほかの美容師さんに対しても、穏やかに話す。
どんなふうに自分を育てていったらこうなるんだろうな、と、静かにソフィスティケイトされているぶん本心が見えにくいな、の間をふわふわしているような、そんな勝手な印象を持っている。うまく言い表せないけれど、底というよりは器のかたちがぼんやりとして見えにくいところや、ことばの選び方がどことなく不思議な感触をしていて、いつも面白いなと思う。こういう人を文章で描写するにはどう書いたらいいのかな、と頭の中でキーボードをぱちぱち叩いてみたりしながら。

*  *  *

あとは、そう。少し先に控えている出張のために、名刺をデザインした。
シンプルだけど、なかなかいい出来になったと思う。

このnoteでも書いたように、私は改姓をしたけれど色々と旧姓で通している。ゆるふわ無職のいま、前いた会社繋がりでもらった仕事で、旧姓での名刺が必要になったのだった。結婚が理由ではない改姓について書いたこのnoteは、わりと読んで頂いているようです。

さて入稿と思ったらば、出張はリモートに切り替えになるかも? というお話が。このようなご時世なので、スケジュールも揺れ動く。

リモートも楽しいけれど(これは本当に、毎回すごく楽しい)、タイムラグやその場の雰囲気、実際に対面したときの肌感覚における情報量の差が、初対面だとより顕著に出てしまうなとも思っていて、もどかしくも悩ましいところ。リモート力を鍛えないとだ……。

楽しみにしていたしやりがいのある仕事だし、できれば現地で感じたい情報が多かったので、出張したかったのだけど。じりじり連絡を待っている。せっかくデザインしたので、入稿だけはしておこうかな。

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週末が見えてきた日、ずっと大好きで大事にしていたマグカップを割ってしまった。割ったというよりも、ただしくは勢いよく床と接したせいで縁が抉れてしまったのだけど、私の心情としては「割れた」のだった。
おまけに、一緒に作りたてのホットサンドもひっくり返してしまったので、情緒がぐちゃぐちゃになってしまってめそめそと泣いた。

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これは、外国で働いている人に頼んで買って来てもらったマグだった。
友達とやってるゆる~いラジオでも話したとおり、『自負と偏見』は私の人生の一部となっている本だし、PENGUIN BOOKSの洗練された自由さのあるデザインが好きで。このマグは、持ち手の内側に検品で漏らされたのかな、ちいさな棘のような引っかかりがあって、でもそれごと愛おしんでいた。
そういう思い入れやささいな個性ごと、あのマグが大事だった。

あの洗うときに棘が引っかかると痛いマグは、もう私の手元にないんだな。そう思うとかなしかった。Amazonでも買えるし、すぐに買い直したけれど、そういうことではないところに、執心というものがあるんだと思う。
自分のために自分で選んだ心地よいものが喪われる痛みは、はっとするほど静かに身体に沁みる。

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土曜日、あまりにも突然マウスが動かなくなってしまった。こうなるともう何もできない。午前をつぶして色々してみたけれど、どうにも無理そうなので、街へ買いにでかけた。三月からこの方、ほとんど土日には街へ出ないようにしていたので、久しぶりに目の当たりにした人の多さにあてられてしまった。

あてられた結果どうしたかというと、ふらふらと海洋堂のガチャを回して仏像界のアイドル・阿修羅像のミニチュア(木彫風カラー)を手に入れ、ついでに推し書店に行き、そしてバスを乗り間違えた。そんな日もある……。

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来週は、阿修羅像に見守ってもらいながら生活することにします。阿修羅様がみてる。


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